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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
2/41

この先生き残るには

挿絵(By みてみん)


「じんくんのなまえのなかには、おうじがいるね」


 ひらがなが読めるようになったばかりの頃。

 部屋の隅で、誰かが笑いながら言った。


 その日から、俺はみんなの王子になった。


 理由のない称賛を受け取る居心地の悪さより、嬉しさが先に来たのを覚えている。




「王子の名前って“もと”って読むんじゃん! もと王子だ!」


 漢字と悪意を覚える頃。

 並べられた机に座る誰かが発した声に、皆がざわつき笑う。


 その日から俺は、元王子になった。


 漢字がちがう。そう言い返すだけの言葉が、喉の奥でつっかえて出てこなかったのを覚えている。



 できる奴とできない奴の差が、残酷なくらいはっきりする頃。

 俺は何をやっても人並みで、誇れるものがない。

 その事実が「元王子」を本物にしていく。軽い言葉で流しては、ひとりになってから吐き気を覚える。



 だから俺は、進路を決める頃、決めたのだ。王子という文字から離れると。


 そして俺は――。




 強い日差しが顔に降り注ぎ、俺を無理やり覚醒へと導く。


 昨夜はあれだけのことがあったのだ。塞ぎ込んでいたかったのに、あまりの熱気に身体が音を上げ、まだ寝ていたいという願望を上書きしてしまう。



「……夢か。本物の王子の身体で繰り返すことになるなんてな」

 俺はぼそりと呟いた。



 二度寝する気にもなれず、ひとまず身支度を始める。


 この世界にきて初めて自分の顔をしっかりと見た。

 美しい顔立ちではあるが、ネモール王子とは髪色や顔の形が少し異なっており、髪色は国王に近い薄い栗色であった。


 王族の誰かしらに似ている顔を見るのは、気が休まらないので今後はなるだけ見ないようにする。




 ――夢で見たように、王子の役目から離れる。

 誰も俺のことを知らない場所へ逃げるのも手かもしれない。


 昨日垣間見た有能な連中を出し抜けるとは思えないが、有事の際に逃走経路を確保しておくのも悪くない。


 ただ、監禁が解かれているのかは不明なので、少し見たら帰ってこよう。

 そう考えながら身支度を終え、慎重に廊下へ出る。



 ……よし、誰もいない!



 隠れるように、まだ通っていない方向へと歩みを進める。

 そうして、突き当たった先の窓でとんでもない光景を目の当たりにする。



 兵の訓練所が遠くに見えた。

 一人が突然虚空から火を射出し、炎が一直線に走る。


 対する兵は足元の土をせり上げて土壁を作り、直撃を防いだ。




 俺は急いで自室へと転がり込む。

 間違いない。この世界には魔法がある!


 もし俺がチート持ちなら、もう何も臆する必要はない!


 そう思って頭の中で「ステータスオープン」や「スキル発動」など、思いつく限りを片っ端から試していく。




 何も反応がないことに焦りつつ思考を巡らせていると、唐突に、目の奥でチカッと火花が散るような感覚が走った。



 反射的にその“光”に意識を合わせた瞬間、視界の色相が一気に反転する。

 驚愕か歓喜か分からない声をあげそうになるも、押し殺し、その状態を維持する。


 しかし、何も起こらない。


 慌てて自分の手を見た、その瞬間ようやく反応を見せる。


 『汚染された血族』


 何だコレ。

 そう思ったのも束の間、情報が次々と脳裏に浮かぶ。


 『祝福《環式(かんしき)》』『祝福《夢縛(むばく)》』『緊張由来の発汗』『運動適合不全』『転生病罹患』……。


 驚いて手を視界から引っ込めると、情報の連鎖は止まった。



 その後、様々な物を視界に入れて、ようやく把握する。



 これは『祝福《環式(かんしき)》』で、鑑定スキルのようなものだ、ということが分かった。

 ただ、相当近づくか、動かずに見続けるかした上で、自分の知識で説明できるものでないと鑑定はできない……。


 もう一つの『祝福《夢縛(むばく)》』に期待を込めて、手を前にかざして発動する。


 すると俺を薄くしたような影がフラフラと前に剥がれ出て、地面に倒れ込み霧散して消える。



 分身、かなあ……。


 いずれにせよ、俺の異世界チート生活は今この瞬間崩れ去った、それだけは理解できた。




 大きくため息を吐いた瞬間、不意に真横から声をかけられた。



「祝福の確認は終わったか?」



 驚きのあまり、吐いた息をそのまま飲み込み喉が鳴る。

 そこには――俺の知識で表すなら“ダークエルフ”の女性が立っていた。

 薄い桜色の髪を後ろでシニヨンにまとめ、収まりきらなかった毛先が飛び出している。

 凛とした雰囲気であるのに、雑さも垣間見える。



 この人いつからいたんだ?

 全く気配を感じなかった……。



「な、何でしょうか……?」


 また何か宣告されるのではないか、そう思わずにはいられず、少ない言葉で要件を聞き出す。



 そんな俺を見て、彼女はやや呆れたように短く息を吐く。



「まずは名乗ろう。私は内務庁(ないむちょう)諜報局特殊行動課所属、リゼルファ・ナーヴ・スリュアンだ。

 好きに呼ぶといい。――見ての通り黙精霊(もくせいれい)だ」


 そう言って自分の細長い耳朶(じだ)を軽く弾くのだった。



「本題だが、王政での決定事項を伝える。

 これから私ともう一人が護衛につく。

 そして王子として最低限、自分の身を守れるよう鍛えることになった」


 そう言って、口頭で伝えられた内容、国の紋章に国王のサイン……のようなものが記された羊皮紙を見せてきた。


「本来なら近衛兵が配置につくところだが、配置を勝手に書き換えた"オルセオン王子殿下"を恨むといい」


 ……状況が全く分からない。

 昨日のネモール王子の宣言はどうなったのだろうか。

 一体何が正しくて、誰を信用すればいいのか。



「――昨夜、ネモール王子殿下に言われたことを気にしているのだろう? 少し考えれば分かることだが、アレには嘘がある」



 その言葉に俺はさらに混乱する。

 彼女はそっと近づき、後で説明する、と耳元で小声で囁きつつ、彼女と同じ外套を俺につけた。


 彼女から爽やかな柑橘の香りがし、思考が断ち切られる。



「この外套には低級だが、認識阻害の誓句(せいく)が刻んである。みだりに外すな。分かったな?」


 俺が頷くのを確認すると、ついて来いと手招きされ、共に部屋の外に出る。



 廊下と階段をいくつも越え、方角の感覚が消えた頃、ようやく玄関らしき大扉に出た。


 押し開けた先に荘厳な庭園が広がっていた。だが見惚れる間もなく石段を下り、城壁を横目に門をくぐる。


 きっちり舗装された石畳の坂をしばらく下っていくと、影がふと切れた。

 気になって振り返れば、空を突く城の一角が、距離を取っても小さく見えず、視界を塞いでいた。



 呆然とすると同時に、この国の強大さと厄介なところに転生してきたことを再認識する。



 そんな打ちひしがれている俺を、リゼルファは無視して歩み続けていた。慌ててその後を追う。




 城壁と門で区画が分けられた富裕層、中流層、城下町をただ歩き続ける。

 終わりの見えない徒歩に、肉体も精神も擦り切れて、足がふっと止まった。



 そして視界の端で、大人たちが荷下ろしする光景を捉える。

 木箱が不規則に積まれていて、嫌な予感がした。案の定、山がぐらりと傾き、今にも崩れそうになる。


 普段なら、崩れるのを眺めて終わり。だが悪い予感ほど当たる。

 小さな子どもがその脇をすり抜けようとしていた。




 思考よりも先に飛び出して、子どもを抱え上げる。

 その瞬間、木箱が雪崩みたいに落ちてきたのが見えて、俺の足は凍りついた。



(俺、前の世界でもこうやって命を落としてたりしないよな――)


「この地を踏む我、天上(てんじょう)御名(みな)(ちか)う。

 城下に漂う風よ――御業(みわざ)をなぞり、押し留めよ《ヴェルド》!」



 急に厨二病感溢れる詠唱が聞こえたかと思うと、木箱の下から風が巻き上がり、ゆっくりと落ち始めた。



「早くどきなさいな!」


 貫禄のある声に後押しされて、俺の足は動き出す。

 十分な時間をもって、木箱は地面に辿り着いた。



「アナタ勇敢ですけど、誓術(せいじゅつ)で助けたほうがもっと確かなお導きが得られましてよ。

 神はいつでもどこでも誓いを果たしてくださるのですから……!」


 ふくよかなシルエットをした、顔色の悪い御婦人がプリプリと怒りながら近づいてくる。


 怒りの対象は、荷下ろしをしていた人たちだったようで俺を素通りしていった。



 助けた子供は、いつの間にか遠くへ逃げていた。



 これが誓術(せいじゅつ)――!

 訓練所で見えたのは、こっちだったのか!



 衝撃的な出来事に渇いた笑いが出てしまった。

 気が付くとリゼルファがいつの間にか後ろに立っていた。



「そういえば昨夜から何も食べていないのだったな。金は出すから好きに食べると良い」



 護衛する気あるのかな……。



 言いたいことは色々あったが、ご飯を抜きにされては敵わない。言葉を飲み込み、従うことにした。



 身体を動かして少し気が軽くなっていた俺は意気込んで出店を見て回る。

 見たことがない野菜や果物が並ぶ店や。香ばしさの中に臭みが漂う串焼きの店。

 見慣れぬものに胸が躍る一方で、食べられるのか不安も残る。



 そこで早速《環式かんしき》を使ってみる。


 結局は情報が足りず、よくわからない緑一色の麺と紫のジュースを選んだ。味は普通で安堵した。





 他にも軽くつまめる物がないか歩いていると、不意に、白い布を頭に巻いた小太りの汗臭いオッサンに肩を組まれた。



「ヨウ、少年。観光かい? ウチの店も見ていってヨ。

 今日のオススメは〜ッ、布の手袋! なんとコレ、石よりも硬いっていう誓句(せいく)が刻まれてるから、布なのに超硬いし布だからメチャ軽いヨ!」


 突然話しかけられたかと思うと、そのまま商品の説明を始めてしまった。


 優しく説明してくれているのだろうが、手袋にナイフを何回も突き立てる様に、興味と恐怖を覚える。



「オ〜イ、めっちゃ怪しんでんじゃん! こう見えても、俺は契導支舎(けいどうししゃ)で働いたこともある白従者(はくじゅうしゃ)ヨ!」


 そう言って首元の紫色のタグを掲げて見せてきた。


「すまない店主。コイツはこれから任務でな」



 影のように現れたリゼルファが、自身の外套に刻まれた紋様をその男に見せる。


「ゲェッ! ――失礼しました。内務庁様でいらっしゃいましたか。ご機嫌麗しゅう、またの来店をお待ちしております」


 男はそう言いながら後退りし、そっぽを向いた。



「腹は膨れたな。門を出て、森へ向かう」


 非常に遠くに見える門へ視線を送られ、テンションは急降下したのだった。



◆◇◆



 森に入り獣道を進んで行く。

 少し開けた場所に出たところで、ようやく立ち止まった。



「さて、部屋で話した第二王子の嘘の件について、考えはまとまったか?」


(えっ!? 説明してくれるんじゃないの!?)


 予想外の抜き打ちテストに面食らいながらも、何とか考えを振り絞る。



「ネモール王子は俺に王子として頑張ってもらいたくて、発破をかけるために――」


 しかし、最後まで言い切らないうちに、違うと否定される。



「見定めるために昨日から監視していたが、身体能力含めて、やはり平民程度だな。どの程度鍛える必要があるか大体把握できた」



「鍛錬に入る前に、先程の答え合わせとこれからの方針の相談をしたい」



 リゼルファが真っ直ぐに俺を見据える。



「まず答え合わせだが、ネモール王子殿下は転生病を完治させたいし、お前を殺したいとも思っている」



 え、何も嘘ついてなくない?


 俺は焦る。



「ただ、それはネモール王子殿下が“言っているだけ”で、王政の決定とは違う。

 嘘じゃないが、あたかも国家方針みたいに聞こえるよう仕向けている。……要するに“政治的な嘘”だ」



「王政の決定事項は《病理解明・不殺・箝口》の三つだ。


 そもそも、王子復活は最初から全力で、派閥は関係ない。

 ただ、限りなく復活の望みが薄いと分かっているため、他国への売り飛ばしや種馬にするなど、使い道は残したい。


 だからこそ殺さない、殺させない前提がある。

 その痣は上から傷でもつけておけば、王子本人かなんて分からないし、そのための箝口令だ」



 生き残れたとしても、どれも末路は碌なものじゃない。

 だが――。


「じゃ、じゃあ何でネモール王子は死刑宣告のようなことを――」


 王子のあの冷たい表情を思い出す。



「それはお前が御しやすい性格だったから、というのと頑張ってもらいたくないからだ。

 お前が萎縮して何も行動しなくなれば、政治的利用価値は極端に下がるし、護衛の質も下がる。


 そうすれば英雄の汚点だった期間は極限まで短く出来るし、誰も気にしないから事故として処理しやすい」



(ちょっと考えたら分かることだったか、コレ……?)


 そう思いつつも納得はできた。

 ただ、この言葉を信用して良いのかは全く判断できなかった。


「……何故リゼルファさんは、このことを俺に教えてくれたんですか?」



 こんな森深くまで着いてきといて聞くセリフじゃないな、と自嘲気味に思う。



「先程も言ったように王命だから、というのもあるが国は一枚岩ではないからな。

 これを言うために監視を撒いた上で森まで来たんだが――元の第一王子並みになってもらいたい、という事情がある」



(陰謀ってやつだよな……話に乗って平気なんだろうか)



「その上で鍛錬の話になるが、どこまで鍛えるか四つの中から選んでくれ。


 一つ、最低限の鍛錬で、第二王子の思惑通りの最後を遂げる。


 二つ、中程度の鍛錬で、存命のみを目指す。

 ただし、生き方は国王が握っているし、代替り時の保証はない。


 三つ、死ぬ気で鍛錬して、第一王子のように生きて、自分で未来を決める。

 ただし、第一王子と同じ水準に立てるかの保証はないし、中程度の鍛錬と同じ結果になるかもしれない。


 四つ、鍛錬しているフリをして、元の異界に帰る方法を探す。

 ただし、誓環経典(せいかんけいてん)や世界的史書に異界を渡った記述は見られないのと、王族に露見した際の命の保証はないため、おすすめしない」



(こんなの選択肢なんてあってないようなものじゃないか……!)


 俺は憤り、愕然とする。


「……あと誰も口にしていなかったが、転生病は最短で五年で末期になるため、王子の身体が二十一歳になられるまでに目に見えた成果を上げる必要がある。

 ただ、二十歳のタイミングで対外的に王族として認めるかを披露する祈祷儀式がある。

 なので実質あと四年だな」



「……死ぬ気の鍛錬でお願いします」


 苦虫を噛み潰すように回答した。


「理性的な決断だ。早速だが、まずは数日間、休まず走り続けられるようになるまで、走り込みを行う。

 心配するな、誓術(せいじゅつ)と私の祝福で休むことなく鍛錬の続行が可能だし、この森で鍛錬することは通達済みだ」


 こうして俺の文字通り死ぬ気の鍛錬が始まった。


 この時は王城にすら帰れない日々が続くとは思わなかった。


【2025/11/14】可読性向上のため改行挿入。

【2025/12/31】話構成、大幅変更

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