燃える港
港が、燃えていた。
黙獣が荒らした跡が、そのまま炎となって広がっている。
夜目に慣れかけた視界を炎の明滅が塗り潰し、目の奥を灼く。
熱が肌をひりつかせ、焦げた臭いが喉の奥を掻いてむせ返る。
そして――無差別に放った《帰標》が、ひとつ、またひとつと、反応を失っていった。
「行動力のある馬鹿だとしても、限度を知らないのか……!」
ドルバン王子と空印筐を追って、証拠が残ると思しき港に来てみれば、この有様だ。
港がドルバン王子の所有物なんだとしても、ここまで他人を巻き込んで証拠隠滅するなど馬鹿のスケールが違う。
悪態を吐きつつ、《環式》を開き、超常の力を引き出して、倒れた柱を持ち上げる。
「早く! 引っ張り出せ!」
「はっ!」
救助に同行してきた兵の、残り一人となった男に指示を飛ばす。
これまで通り、衰弱しきった民を担がせる。
「今来た道はもう火が回っている! そこの角から先に離脱せよ!
私はこの先にいる人々を助けてから離脱する。
これは命令で、責任は私にある!」
「承知いたしました――オルセオン王子殿下、お気をつけて!」
脇目も振らず火の中に飛び込む。
肺が焼けるように熱く、ここには苦しみしかない。
そうしているうちに、また一つ《帰標》から反応が消える。
苦しむだけで、救える命があるなら――いくらでも我慢してやる。
火をやっとの思いで潜り抜け、目的地に着くも、建屋は半壊していた。
全てを燃やし尽くさんと、炎が轟々と唸り、人の出入りを拒んでいる。
中の反応は――五。まだ生きている。
肺に溜まった煙を吐き出し、俺は言葉を絞り出す。
「天上の御名よ。
誓環の理をここに継ぐ。
我を楔となして、潮の巡りを請う。
集いし水を打ち巡らせ、うねりを立てよ。
御手の形を借り、満ち引きの律をなぞり、
いまこの場へ、一度きりの新たな律を加える。
打ち寄せろ、《リュゼス》!」
座り込みたくなるほどの猛烈な脱力と共に、遥か後方、海からの地響きを身体が捉える。
振り返ると、巨大な水柱が見え――そのまま倒れ込んできた。
水柱が燃え盛る建物にぶつかった瞬間、炎は白い蒸気を噴き立て、悲鳴を上げる。
そして、慌てて壁の陰に隠れた俺を、衝撃で跳ねた水が遠慮なく殴りつける。
肺が潰れたみたいに、横隔膜が空回りする。
地面を転がり、泥と灰にまみれながら、ようやく空気を掴んだ。
「中級誓術の構文、ムズすぎる……」
俺が欲しかったのは波であって、水柱じゃない。
建物は全壊に近づいたけども、ともあれ火は消えた。
中の反応も健在。
身を起こしながら、落ちていた木片を拾い上げる。
「我が名はオルセオン! この国の継承序列一位の王子である。
疾く、声の方へ集まり脱出せよ!」
集団近くの壁を木片で叩き砕きながら、声を張り上げる。
叫ぶたび、肋骨に響いて痛みが増す。
(今後、自滅には気をつけよう……リゼルファに治してもらいづらい)
人ひとりが通れる穴が開いたところで、燻っている火を避けながら、屈強な見た目の男たちが恐々とした足取りで現れる。
「オルセオン王子殿下に助けていただくなど、我が身に余る光栄にございます――ゴホゴホッ!」
「礼式は不要だ! 早く出てこい!」
自分の命と慣習を天秤にかけて尚、軽くなる命に苛立ちを覚え、語気が強くなる。
この場では正解だったようで、男たちは機敏に穴から這い出てきた。
男たちに向けて《帰標》を密かに発動する。
すると水柱が倒れてきた方向に沿うように、道標が示される。
その先へ導くように、俺は走り出す。
この祝福、授かった当初は"他人の帰る方向が分かるだけ"だと思っていたが、実際は広範囲に、かつ生存確率が高い方向も示すことが分かった。
そして、その対象は人間だけでなく――。
「止まれ!」
「ヒッ……!」
屈強な男が、か弱い悲鳴をあげて、走る足を無理やり止める。
陰から飛び出してくる相手に、剣を抜き、渾身の力で振り切る。
それは血飛沫を上げて脳天を割られ、絶命した。
そう、黙獣にも俺の祝福は適用される。
身体の内側に方向が向いている、そんな大小の歪みを抱えた存在が黙獣だ。
ネズミ型黙獣なら、ご覧の通り簡単に対処できるようになった。
「オルセオン王子殿下……すげえ」
その後も賞賛を浴びながら救助を続け、海辺に辿り着く頃には大所帯になっていた。
途中、火の勢いに押され逆走する者がいて、混乱しかけたが、腕を掴んで引き戻し、怒鳴ってどうにか持ち直す場面もあった。
海辺には小型の船が何艘もあった。《帰標》が指し示していたのは、これだと気づく。
全員がそれぞれの船に乗り込むのを見届けて、踵を返す。
「オルセオン王子殿下、貴方も一緒に脱出を……!」
「いや、まだ役目を終えていない」
それだけ言い残して、再び火の回る港へ身を投じる。
黙獣の気配がいくつか残っている。
これを片付けて、ここでの役目は終わりだ。
今しがた消えた黙獣と、その近くにある二人の反応へ向かう。
「セオ、リゼルファ! こっちの救助は完了した!
残り黙獣は、強そうなのが一、それ未満が二体だけだ!」
「殿下、ご無事で……! 承知しました!
強い方は私が引き受けますので、場所を!」
「二つ先の角を曲がって、真っ直ぐだ! その先にいる!
リゼルファは俺と一緒に――!」
了承を待たずに走り出す。
「リゼルファ隊士、殿下を頼みます!」
――後ろに続く気配と共に、火の海を駆ける。
「リゼルファ! 残りの二体は行動を共にしている!
そろそろ見えるはずだ!」
祝福の反応の先を見据える。
そこには、身体が青色に燃える狼が、火を移すように走り回っていた。
身体を建物に擦り付けると、触れた箇所からじわりと火が立ち上った。
(こいつらが火の回り、大きくしてたのか!)
早く対処しなければと思うものの、
結構な大きさに足がすくみ、走る速度が落ちる。
その横をリゼルファが追い越して行った。
《燼華》をまとわせた暗器が、狼めがけて放たれる。
火の光を呑み込みながら軌跡を描き、刃は闇へ溶ける。
しかし、命中の寸前に身を翻され、背中の肉を裂くに留まる。
リゼルファは暗器に繋がった鎖を鳴らし、追撃せずに手首を切った。
刃の軌道が折れ、もう片方へ向けて跳ぶ。
だが、片方の狼は、素早く距離を取って射線を外した。
「当てた方は任せる!」
んな無茶な、と思うも何だか狼の様子がおかしい。
背中の傷から黒い火の華が咲き、青色の火が燃えるのを阻害している。
それに伴い、まるで脱力するように蹌踉めいている。
リゼルファの新たな力《燼華》によるものだろう。
俺は間合いに踏み込み、その狼の胸横へと剣を深々と突き立てる。
命を奪う抵抗はあるがそれも覚悟の上だ。
そうして黙獣は凍えるように震えた後、絶命した。
リゼルファの方も仕留めたようで、黙獣は地に伏している。
(セオの状況は――? 応援に回……)
《帰標》を発動しようとした瞬間、空に一筋の閃光が伸び、衝撃が身体を通り抜ける。
遅れて示された帰る先は、俺たち三人だけになっていた。
たった今、急遽始まった救助・制圧活動は終わりを迎えたのだった。
◆◇◆
港の火が消えてから、三日が過ぎようとしていた。
あの夜、俺たちが最後の黙獣を倒した後、ようやく「本隊」が到着し、鎮火に当たった。
俺たちは、その本隊、内務庁・領務監督局が設けた臨時出張所に詰めている。
天幕の中は紙と煤の匂いが混じり、机の上には名簿と損耗表が山になっていた。
俺はその中から、彼らがまとめた中間集計を取り、目を落とす。
【人的被害(暫定)】
死者、二十三。負傷、六十一。行方不明、二十七。
生存確認・避難誘導、百十八(負傷者含む)。
【黙獣】
中位四群一体
下位八体(内、三群二体・四群四体・五群二体)
征伐済み。
【措置】
当該港湾施設は第四王子ドルバン殿下の私有地につき、
領務監督局は監督権に基づき封鎖、ならびに救護活動のみ実施。
なお、白誓院より黙性汚染の疑念が通達され、
浄化に伴う権限移譲を要求されるも、現時点では保留。
【所見(暫定評価・可能性)】
ネレドリア新王国による介入の可能性が高い。
ただし現時点では偽装の可能性を排除できず、
諜報局による追加確認を要する。
「このネレドリア新王国って?」
「ああ、城下で話していた、空印筐を取引していたと思われる国だ。
……ドルバン王子殿下を縛る貸し作り、武力誇示、白誓院の主権侵害糾弾で世論操作あたりが目的だろうな。分かりやすい」
「ドルバン王子、ね」
事件後に視察という体で現れた、あの間抜け顔と鋭い目つきの顔を思い出す。
『オ、オルセオン! 貴様、よく私の前に姿を現せたな!
貴様のせいで、この港を焼――モガッ!?』
『失礼。ドルバン王子殿下は私有地が焼けて乱心しており、会話がままなりませぬ。
我らは、被害の確認がありますので……』
絶対、俺より浅慮だ。
思い返して頷く。
「――ドルバン王子を裁判に立たせたら、勝手に色々喋りそうだけどな」
「そうしたいのは山々ですが、召喚する理由がないのです。
本件は新王国の工作被害という事になっていますし、城下襲撃の証拠も探そうにも港は封鎖。
秘密裏に探ろうとも、焼け落ちて残っていないでしょう」
「だよなぁ」
俺は再度、資料に目を落とす。
何か切り崩す手段があれば、と熟読するも行動に移せるほどの材料にはならない。
――しかし、数字の違和感だけが頭の片隅に残っていた。
いつも読んでくださり、誠にありがとうございます!
今回から第二章となります。
皆様の期待に応えられる、面白い話が書けるよう頑張ります!
さて、今回から大活躍している主人公オルセオン。
覚悟が決まったキャラは書いていて頼もしいですね。
ここからはスカッと成分多めで進めていきます。
次回、数字の違和感を足がかりに状況を崩せるのか。
更新をお待ちください!




