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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
14/43

誓い

 強い日差しが、容赦なく顔に降り注いでいた。

 いつの間にか、厚手のカーテンは完全に開き、光を好きなだけ通している。


 この部屋で目を覚ますのは、これで二度目だ。

 だがどちらの朝も、「平和だった」と呼べる気分からは程遠い。


 “オルセオン王子”のベッドから身を起こし、大きくため息をつく。



 昨日は、城下町での黙獣襲撃に始まり、誓環士との対峙。

 そして最後は、リゼルファを怒らせて一日を終えた。



 石畳に張り付いた血の色も、ちぎれた四肢も、吊るされた人々もまだはっきりと目に焼き付いている。

 死を間近に見たショックだけでも胃が重いのに、リゼルファとの避けられたはずの衝突を思い返すたび、胸の奥がぐしゃぐしゃになる。



「はあ……リゼルファに、何て言えばいいんだろう」


「私がどうかしたか?」


「うわあああああ!」


 当然、部屋には自分ひとりだと思っていた。

 真横から聞こえた声に、身体が勝手に跳ねて、ベッドから盛大に転げ落ちる。



「いつからそこに!?」


「数刻前だったか。

 そろそろ国王との謁見に向けて準備した方がいい、そう思ってな」


 よく見ると、リゼルファの装飾がいつもよりわずかに豪華になっている。

 普段はシニヨンから毛先だけが跳ねるように飛び出している髪も、今日はきっちりとまとめられていた。


 リゼルファはいつも通り淡々とした様子で呼び鈴を鳴らす。

 すかさず現れた使用人に告げる。


「クレイソス国王陛下との謁見が控えている。

 相応しい礼装の用意と、召し替えを頼む」



 まだ尻もちをついている俺のことなどお構いなしだ。



「ーーたった四日間の訓練だったが、中々に肝が座っている。熟練の兵でも、死を前にした夜は眠れないものだが……よく眠っていたな」


 突然、褒めているのかどうか分からない言葉を、召し替えの最中の俺に投げてくる。


 使用人を前に、どんな口調で喋るべきか迷っていると、それを察したのかリゼルファが口を開いた。


「ああ、気にしなくて良い。

 雑務を行う使用人や給仕は、喋れず、読み書きもできない。

 誰がどれだけ偉いのかも分かっていない」



 ……この世界、どれだけ闇が潜んでいるのか見当もつかないな。


 考えるのをやめて、口を開く。


「全然寝てないつもりだったんだけど。

 丸四日もぶっ通しで動いてたら眠れるのかもな」


 つい、嫌味を混ぜて返してしまう。



「……なんだかオルセオン王子殿下は人格すら選んでそうだな」


「俺ってどう思われてんだよ……」


「直情で浅慮。従順に見えて反抗的」


 思い当たる節が多く、否定できないのが余計に腹立たしい。


 そんな評価とは裏腹に、召し替えられた俺の見た目は王族になった。

 そして軽口を交わすうちに、リゼルファとの(わだかま)りもとけていた。



「謁見に際しての作法は向かいながら説明する。往くぞ」




 緩やかな階段を何層か降り、荘厳な廊下を迷いなく歩いていく。

 差し込んだ日差しが、飾られた数々の美術品を一層に輝かせている。

 陽の高さを見るに、確かに俺は相当ぐっすり眠っていたようだ。

 ……自分が思っているより図太い性格なのかもしれない。



 謁見の作法をそれとなく理解する頃には、城の象徴へと到達していた。



 視線を上げてもなお、枠の上端が見切れるほどの両開きの大扉が、廊下の突き当たりを一枚の壁のように塞いでいた。



 黒檀(こくたん)を思わせる深い黒の木地を覆い隠すように、白い帯状の金属が幾筋も走る。

 中央には、八つの頂点を持つ誓環と思しき輪が彫り込まれ、その懐に王家の紋章が抱きかかえられるように配されている。

 輪の溝には太い線を描くように金が流し込まれ、黙王を彷彿とさせる黒色を押し込めるように鋭い輝きを放っていた。



 さきほどの廊下の豪奢さですら、ここを飾るための前振りに過ぎなかったのだと思い知らされる。



 扉の前には近衛騎士が並び立ち、槍をまっすぐ掲げたまま微動だにしない。

 彼らの放つ迫力は、王を守る鉄壁そのもののように思えた。



「殿下。見違えましたね」


 振り返ると、一目で儀礼用と分かる鎧を着たセオがいた。

 鎧は精緻(せいち)な彫り込みが施され、彼の目と同じ薄い碧色をしていた。


「そう言うセオこそ。……ところで村の様子はどうだった?」


「ええ、見立て通り元に戻っていました。

 ……現在は遺体の収容中で、明日には慰霊も終えられるでしょう」


 安堵と哀しみが混ざった声色が返ってくる。


「そっか……。ひとまずは良かったかな」


 村の人々が浮かばれることを切に願う。




「遅くなりました。もうお揃いですね」


 さらに後方から、透き通った声が会話を断ち切るように響いた。

 侍女に手を添えられながら歩く、リサナ王女の姿があった。


 礼装に身を包んだその姿は、一段とその美貌を引き締めていたが、左目を覆う白い眼帯には、うっすらと赤が滲んでいる。

 その小さな染みが、痛々しさを隠しきれずにいた。


「はい、此度のお召しを受けた者は、皆そろっております。リサナ王女殿下」


 セオとリゼルファが一歩脇へ退き、深く首を垂れる。



 リサナ王女は深く息を吐き、呼吸を整えると、侍女の手をそっと離し、威厳をまとって扉へと進む。


「……それでは参りましょう」


 その一言を合図に、近衛兵たちが重い扉を押し開く。

 俺たちは王女のあとに続き、謁見の間へと足を踏み入れた。


 謁見の間の天井は、光が届かないほど高い。

 壁には各庁の紋章が刻まれた旗が並び、静かに垂れ下がっている。

 光を弾く硬質な暗色の石床の上には、金糸で刺繍された真紅の絨毯が敷かれ、玉座が据えられた壇上の縁へとまっすぐ伸びていた。

 その絨毯を挟んで……いつから待っていたのか文官たちが姿勢を正して並び立っている。



 緊張を振り払うように、事前に聞かされていた謁見の作法を遂行する。



 リサナ王女と歩調を揃えて、絨毯の上を進む。

 その少し後ろを、セオとリゼルファが控えめな距離を保って続く。

 壇の縁より手前、玉座の真正面で片膝をつく。

 頭を垂れて、あとは王の到着を待つだけ。




 しばしの静寂ののち、壇上から金管楽器が吹き鳴らされ、空気そのものを引き締める。


「クレイソス・カルネス・レクス・オーレシア国王陛下、御入場」


 朗々とした声が響き、壇上横の扉が開く音が続いた。

 重い足音が近づき、やがて玉座のあたりへと吸い込まれていく。


 無心で、言われた通りに頭を垂らし、玉座からの赦しを待つ。


 間を置いて、先ほど王の名を告げたのと同じ声が、今度は落ち着いた調子で命じる。



「面を上げよ」



 すかさず顔を上げると、壇上の中央、玉座には威圧感を纏った壮年の男が座していた。

 王冠の下から鋭い視線がこちらを貫き、思わず背筋が強張る。



「リサナ・カルネス・デュクス・オーレシア王女。

 城下における黙獣襲撃と、その後の一切について奏上せよ」


「畏まりました。リサナ・カルネス、申し上げます」


 こうしてセオが話していた内容を含めて、国王に陳述された。



 黙って聞き届けた国王が、深いため息を吐いて口を開く。


「事前報告との差異なく、その功を認める。

 従って、褒賞を与える。

 オーレシア王国内務庁王命局特命行動隊にーー全庁(・・)の費用横断を認める」



 その言葉に、側列の文官たちにわずかな衣擦(きぬず)れの音が生じる。

 思わずたじろいでしまった、そんな音だ。

 そんな空気を薙ぐように国王が言葉を続ける。


「最後に、王として戒めを示しておく。

 この謁見はそれを胸に刻み、終えるがよい」



 玉座からの声は、先ほどまでよりも一段低く、刺すような冷たさがあった。



「王族とは、己の価値を示し、益をもたらすことで国を豊かにする存在だ。

 "傷がつけば"どれほどの益が損なわれるのか、分かっていないからつけ入る隙が生まれるのだ。

 価値(うつくしさ)を失ったお前に何ができるのか、示すがよい。

 時間はそう有りはしない」


 視界の端で、王女の肩が震えるのを捉える。

 昨夜の王女の気丈な立ち振る舞いを思い出し、そして声ひとつ上げないその姿に、呼吸が静かに荒くなる。


「そしてーーこれは組織全体の話だが、配置が適切か確認せよ。

 此度、少数といえど近衛別隊、並びに第一遊撃隊が全滅している。

 この全滅は"ただの怠慢"に過ぎない。

 被害を最小に、効果を最大とするよう役割を見直せ」


「……血と力、見誤るなよ。

 侯爵(ノエルド)の四男と、近衛兵一人。どちらが残るべきかは自明だった」



「"生まれた時から枯れている枝"は飾りにもならぬ。

 黙王の吐き捨てた"毒の残り(かす)"などもってのほかだ。

 今後の判断における指標とせよ」


 その発言は、俺を通り越して、後ろで控えているセオとリゼルファへと打ち込まれた。



 ……何故、安全な城の中で過ごしていただけの男に、ここまで(おとし)められなければならないのだろうか。

 王女も、セオも、リゼルファも。死地でもがいてようやく掴んだ生を、「価値がない」の一言で切り捨てられるのか。

 何より、人が大勢死んでいるのに、その全てを「ただの怠慢」で片付けてみせた、その傲慢さ。




 決してアスフォリオに同調するわけじゃない。ーーそれでも、この王は"腐っている"。




「……書く物を」


 国王は唐突にそう言い、気怠げに手のひらを真横に掲げる。

 そうして手に置かれたペンの固さを確認したと思うと、急に視界から消える。


 次の瞬間、国王が眼前に現れ、俺の肩をそのペンが貫く。


「!? グウッ……」


 驚いて息を呑んだことで叫び声の代わりに喉が鳴った。


「……たった数日で良い目をするようになったが、貴様はいつから兵になったのだ」


 更にペンが肩に捩じ込まれる。

 悲鳴を上げそうになったところで、国王から回し蹴りを喰らい、横っ飛びして壁へと叩きつけられる。


 

 そのまま地面へとずり下がるが、不思議と痛さは全く感じなかった。

 迫撃を恐れて顔を上げると、視界の端でセオから薄い青色の光が消える瞬間を捉えた。



 こんな異常な状況でも、誰も呼吸音すら立たず、微動だにしない。



 国王はもう背を向けて壇上を登っているところだった。



「戦果を欲しているならば、オルセオン。

 貴様にだけ情報をくれてやろう。

 王族にも"枯れている枝"は存在する」



 そう言い残して、国王は退出していった。

 その退出に合わせて、短く乾いたファンファーレが壇上に響いた。


「これにて本日の謁見は以上とする。諸卿(しょけい)、下がられよ」



 その合図と同時に、まずリサナ王女が静かに立ち上がった。

 俺は慌てて列に戻り、リサナ王女と並び立つ。

 俺が戻るのを待っていた背後の気配が膝を地から離す。


 壇上へ向き直り、深く一礼する。

 形式通りではあるが、王の言葉とペンが棘のように刺さっていて、心底頭を下げたくはなかった。


 リサナ王女と共に、赤い絨毯の上を踏み、外へ出る。

 重い扉が背後で閉まる音がして、ようやく胸の奥に溜まっていた息を吐き出す。



「セオ、ありがとう。衝撃肩代わりしてくれて」


「いえ、お礼されるほどでは。

 ……クレイソス国王陛下は、感情から考えを読み取る祝福を持っていると噂があり、揺さぶりをかけてくると推測していましたがーー明言するべきでしたね。申し訳ございません」


「いや、どうしたって我慢なんかーーい゛ッ」


 俺の肩に刺さっているペンを、リゼルファが断りなしにピンと引き抜く。

 すかさず治療が開始されるので、何とも言えない気持ちになる。



「それにしても、大変なことになりましたね。

 費用横断など、各庁がこぞって面倒ごとを押し付けてくるでしょうに」


 リサナ王女が侍女の手を握りながら語りかける。


「……ただ、功績はその分積めるでしょうね。私も近い将来、共にさせていただくかもしれません」


「いつでも来てください」


 ここが居場所になるならと、すかさず応えた俺に、王女は微笑み返して去っていった。



「今後のことだが、王族の枯れ枝ーーつまり、第四王子周りを調べるのが良いのだろう。アスフォリオが言っていたように、今回の事件に噛んでいた可能性がある」



 そうだ。この事件はまだ終わりではない。

 裏に隠れた真相があるならば、白日の下に引きずり出させねばならない。



 それは、俺が果たすべき"誓い"でもある。


 俺はこの世界に来て、これまで如何に平和に過ごしてきたかを痛感した。

 だけど、本来、人はそうあるべきだと心から思う。



 生まれや歴史、悪意を理由に居場所を奪うのが当たり前になっている世界で、「帰る場所」なんてものが育つはずがない。


 だったら。


 あの王に「分からせる」だけじゃ足りない。

 この国で、何を「価値」と呼ぶのか。

 誰が居場所を持っていいのかーーその決め方そのものを、根っこから変えなきゃならない。



 無謀なのは分かっている。

 十六そこそこの元高校生が、二十になるまでの四年で「王族として一人前」に追いつき、その先をなどとーー我ながら笑い話にもならない。



 それでも、この身体がオルセオン王子である以上、その無茶を押し通せる可能性があるのは、俺だけだ。




 だから俺は、『この国の王になって、人々の平和を築く』ことを、ここに誓う。




 俺が帰るのは、その誓いを果たしてからだ。

 もう迷わない。

 力のない自分を恥じてうずくまるのは、この瞬間で終わりにする。



「……クレイソス国王陛下は、殿下を兵のようだと仰っていましたが。

 私には、今の殿下がむしろ王族らしい顔つきに見えます」


 セオが不思議そうな顔で、こちらを覗いてくる。


「郷に従ったまでさ。

 よし、行こう!」



 玉座を閉ざす扉に背を向けて歩き出す。

 それが途方もない道のりになろうとも、歩みを止める訳にはいかないのだ。




◆◇◆




 東の空を逃げるように飛ぶ船の姿があった。


 その中には肥え太った男と、その対をなすように痩せ細った男がおり、言い合いをしていた。



「ーーだから言ったのだ! やるなら外でと!

 学がないから、こんな事になるのだ!」


「場所はどこでも良いと仰ったではありませんか、坊ちゃん」


「坊ちゃんはやめろ、馬鹿にみえる!

 もう港は押さえてあるんだよな!?」


「はあ……手を動かす人数は最小限で、と話したばかりではないですか。

 これから押さえに行くのです。我々が」


「あああああ! まだ着かぬのか、遅いぞ!」


 そう言って肥えた男は壁をドンドンと叩く。


「凄んでも時間は縮まりませぬ。

 いいですか、坊ちゃん。我々がやるべきことはーー」


「だから坊ちゃんはやめろと言っているだろう!

 お前も散々美味しい思いをしてきたのだ、今更逃げられると思うなよ!」



「……ええ、心得ておりますとも。

 "ドルバン王子殿下"」



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