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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
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力のかたち

主人公目線に戻ります。

 恥ずかしくて、誰の顔もまともに見られなかった。


 俺はただ叫ぶことしか出来なかった。

 土が覆い被さったときも、濁流が押し寄せたときも、世界そのものが書き換えられていく中でーー動けたのはセオであり、リゼルファだった。



 俺は……彼らの背後で情けなく震えていただけだ。



 そして今。

 禍祈廊の最深層、冷たい石床の上で祈りを捧げるリサナ王女の姿がある。


 左目は失われたはずなのに、痛む素振りひとつ見せず、静かに、強く、まっすぐに神へと意志を向けている。

 その横顔には、喪失ではなく決意だけが宿っていた。


 王女のその毅然とした横顔を見るたび、年下の少女にすら遠く及ばないという事実が、胸の奥を容赦なく突き刺した。




「……残念ながら、損傷を補う力は授かれませんでした」



 リサナ王女は、静かに息を整え、敬意と畏れを湛えた所作で姿勢を正し、祭壇を降りた。


「では、続き我々がーー」


 セオとリゼルファがすぐに祭壇へ歩み出て、同じように祈りを捧げる。


 リサナ王女が目覚めたとき、四人のうち誰かが欠損を補う祝福を授かれればと話し合っていたからだ。



 しかしーー。

「申し訳ございません。我らも力及ばず、授かることは叶いませんでした」


「私は≪封層ふうそう≫という祝福を授かったようです。

 ……身体内部に防御の“層”を形成する力であると推察いたします」



「私は≪燼華じんか≫を授かりました。

 (つまび)らかではありませんが……どうやら、害を為すための力のようです」


 そう言うと、リゼルファは手にした暗器に、薄暗い黒の炎をそっと灯した。

 その“炎”は、光を放たず影のように揺らめき、周囲の空気を吸い上げながら静かに膨らみ、黒い花弁が咲くように広がっては、じわりと熱を滲ませた。



 両者とも何とも歯切れが悪いが、仕方のないことだった。

 祝福とは得た直後に全容が分かる類のものではなく、方角だけ示され、使い込んで初めて輪郭が見えてくる代物だ。



 城下町と禍祈廊(かきろう)で≪夢縛(むばく)≫を使ったときの手応えの差を思い返していると、ふと周囲からの視線が自分に向けられていることに気づいた。



「"オルセオン王子殿下"。貴方は兵士ではないので祝福の開示は不要ですーーですが、神に祈っていただけますか?」


「あ、ああ。もちろん……やるよ」



 リサナ王女に頼まれ、祭壇を登る。

 そして、足を踏み入れた瞬間に気づく。

 黙王による汚染は、その場所だけ、まるで初めからなかったかのように途切れていた。



 祭壇には澄みわたる空気が静かに満ち、石床に触れればほのかな温みが指先に返ってくる。

 遠い昔からずっとそこに居る“何か”の気配があるようでーー侵されることを許さぬ古き神の領域だと、誰に教わらずとも分かった。



 俺は、見よう見まねで神への祈りを捧げた。




 だが、それは祈りというより、ただの懺悔だった。



 何もできなかった自分。

 覚悟を持てなかった自分。

 そして……力がないことを理由にそれら全てを諦めた自分。


 カロムの村の人々、騎士団の人々、そして王女ーー。

 あの悲惨な光景が脳裏をひとつずつ刺すように蘇る。



 せめて。

 俺は、倒れた人々を再び立たせられるようになりたい……。




 ふと誰かが頭に触れる気配を感じた。

 次の瞬間、"身体を置き去りにして"、石の祭壇へ深く押しつけられる、そんな奇妙な錯覚を覚えた。



 そして肉体から剥ぎ取られたはずの“俺の背”へ、何か熱いものが打ち込まれた。


 灼けた杭のような熱が、背中からゆっくりと、しかし容赦なく全身へと巡っていく。

 張り裂けるような激痛――にもかかわらず、どこが痛むのか、どこが自分なのかすら分からない。

 その得体の知れぬ熱が、骨の髄に染み込み、血を塗り替え、思考の奥にまで滲み込んでいく。



 熱が身体から溢れ出す、そう思った矢先に我に帰る。

 気づけば、肉体へと戻っていた。


 そして、新たな祝福が確かに自分の内に刻まれたと悟った。



 ≪帰標(きひょう)




 先ほどの祈りはまるで届いていなかった。

 そして……意思の揺らぎを見透かしているかのような祝福だった。





 黙って祭壇を降りた俺に、そっとリサナ王女が問いかける。


「ーーいかがでしたか?」


「ダメだった……。役に立たなくてごめん」



「そうでしたか……。皆さんご協力ありがとうございました。これ以上の長居は禁物です。脱出しましょう」


 


 王女の声音が場を締める中、俺は気づかれぬように、王女に対して新たな祝福≪帰標(きひょう)≫を発動する。



 示されるのは、“帰るべき方角”。

 それだけ。



 授かった瞬間こそ、複雑ではあったがーーそれでも「帰れるのなら」と、一瞬だけ期待してしまった。

 だが、実際に自分へ≪帰標(きひょう)≫を使ってみれば、示される方角は四散するばかり。

 まるで「帰る場所は、今の自分には存在しない」と告げられているようで、胸の奥がひんやりとした。


 ……神は、何の意図でこの祝福を与えたのだろうか。




 そんな思考を、セオの短い号令が断ち切る。


「参ります。足元にお気をつけください」


 セオを先頭に、俺たちは禍祈廊からの脱出を開始した。

 アスフォリオによってねじ曲げられた地形の隙間を縫い、進路を探る。


 ……≪帰標(きひょう)≫のおかげで、いちいち指示を待つことなく進めるのは確かだった。


 だが結局、この能力は“他人”がいなければ力を成さない。

 自分ひとりでは何も完結せず、誰かの存在を前提にしている。

 その事実が、胸の奥にじわりと落胆として沈んでいく。



 幸い黙獣の姿はどこにもなく、俺たちは大きな抵抗もなく禍祈廊を後にした。



ーー



 第一遊撃隊の駐屯地は、禍祈廊を見下ろす断崖の上に築かれていた。

 簡素でありながら堅牢な土台を持ち、幾つもの木造棟が規則正しく並ぶ――臨時ではなく、長期の前線運用を前提とした基地だと一目で分かる。



 国からの応援が到着するまで、俺たちはここで待機することになった。



 禍祈廊がもたらした時間の歪みで、外の世界で夜はなお深く、王女殿下の御身を守るためにも軽々しく移動するわけにはいかない、とのことだった。




 歩を進めた先で、第一遊撃隊の所持品が整然と並べられているのが目に入った。

 外套、鎧……名札のついた生活用品ーー。

 どれも丁寧に手入れされているのに、持ち主の気配だけがどこにもなかった。


 胸の奥がきゅっと掴まれる。

 この沈黙が、何より雄弁に語っていた。



「……それではこの天幕で暫しお待ちください。我々は応援要請と警護にあたりますので」


 そうしてセオに促されるまま、俺とリサナ王女は天幕に入る。

 扉代わりの布をくぐった瞬間、ここが来賓用であることが分かった。


 落ち着いた深紅の布で覆われた内側には、折り畳み式ながら重厚な木製の卓と椅子が置かれ、厚手の敷物が足元に柔らかな感触をもたらす。

 来客用の簡易寝台が二つ、互いに間を取るように配置されている。

 最前線の基地とは思えぬ、控えめながら礼を失さない設えだった。




 ……気まずい。


 人二人が入るには十分すぎる広さなのに、それがかえって距離の取り方を難しくしてくる。


 俺は入口寄りの椅子へ、王女は自然と対角の椅子へ腰を下ろした。

 互いに視線を合わせることなく、ひとまず静寂だけが天幕に満ちた。




 しかし、意外にもその静寂はリサナ王女によって破られる。


「ーーこの度は救出に尽力いただき誠にありがとうございました。禍祈廊を出て落ち着いてから礼を、と思っておりましたので遅くなったことお詫びいたします」



 禍祈廊から脱出する道中で、セオが事件の顛末を報告した際、やたらと誇張した形で俺の“活躍”まで語っていた。

 ……何もできなかった劣等感を抱えていた俺には、その言葉は胸のどこにも着地せず、今なお彷徨っている。



「い、いえ……人として当然のことをしたまでです」


 恥じるばかりで、やはり目を合わすことができない。

 しかし、王女は視界の端で、俺の顔をしっかり見据えてなおも続ける。



「いいえ。常の人には到底できぬ所業です。

 あの“誓環士”を前に、恐れず、揺らがず……私を見つけ、救い出してくださった。

 それは紛れもなく、貴方の御力あってのことです」



(……俺はリサナ王女を“見つけただけ”なんだけど)




 それを声に出すのは憚られ、心の中で小さく呟く。


 王女の言葉は、まるで“欠けるところなど一つもない本来のオルセオン王子”を前に語られているかのようでーー俺には否定できなかった。



 頑なな雰囲気を出してしまったのかもしれない。

 王女はひと呼吸置き、静かに続ける。




「……事実として申し上げます。

 私がこうして生きて戻れたのは、紛れもなく貴方の働きあってのこと。

 このご恩は、王国にも正しく奏上いたします」



 その声音には揺るぎがなかった。



「そして……貴方は“オルセオン王子殿下”ではありません」


「しかし、これから貴方が何を選び、どのように歩むのか。

 その積み重ね次第で、王国が下す評価は変わりましょう。

 それが“王家に連なる者”の現実なのです」



 王女は、はっきりと言い切った。

 だがその声音には、刺すような厳しさではなく、どこか自分自身に言い聞かせるような静かな温度があった。




 不意に、天幕の薄布越しに強い光が何度も明滅した。

 外で誓術が放たれたのだとすぐに理解する。



「……応援を要請できたようですね。あと少しの辛抱です」



 点滅が止むと、ふたたび静けさが戻った。

 だが、リサナ王女の呼吸がわずかに乱れていることに気づく。



 リサナ王女は左目を失い、禍祈廊で長時間あの"汚染"に晒されていた。

 俺が同じ立場なら、とても人と向かい合っていられる状態ではない。




 思考より先に身体が動いた。


「……リサナ王女のお礼、確かに受け取りました。

 俺は、ここには戻りません。

 どうかご無理なさらず、お休みください」


 王女が、驚いたように、そしてどこか安堵を滲ませて微笑んだ。


 急ぎ、天幕の外へ出て外気に触れた瞬間、背後で――大量の液体がこぼれ落ちる音がした。



 足早にその場を離れる。

 それが今の自分に出来る、せめてもの礼儀だと思った。




 天幕を離れ、冷えた夜気を胸いっぱいに吸い込む。

 けれど、澄んだ空気のはずなのに、胸の奥だけは重たいままだった。


 新たな力を授かり、王女からの評価を得た。

 ーーそれでも、全てが足りていない。


 きっと国王は、今回の働きには満足しない。


 セオも、リゼルファも。隣にいるのに心は遠い。

 思惑があって隣に立っているのは理解しているが、それでも……仲間だと思っている自分が、確かにいる。

 だが、彼らはそうは見ていないかもしれないーーその不安だけが胸に残った。


 ……俺の話をしたら、彼らはどう反応するのだろうか。



 この世界で、俺の居場所はどこにあるのだろうか。

 ……元の世界に帰る道があるのかさえ、分からない。


 ≪帰標≫が示さなくともーー自分で探すしかないのだろう。


 星に照らされて浮き出た俺の影が、行き場を失いただ静かに揺れていた。



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