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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
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腐蝕の果てに(2/3)

引き続き、セオ・ノエルド視点になります。

「殿下ッ! 一体どれが本物のアスフォリオなのです!?」


 次々と湧き上がり襲いかかってくるアスフォリオを"仕方なく"切り伏せながら、王子殿下へ問いかける。

 切り倒した身体はそのまま倒れ、また別のアスフォリオがその死体を踏み、笑いながら近づいてくる。


「分からない……!

 どれも、“本物”にしか見えない!」



 その返答と同時に、四方八方から同じ声が重なった。


「さてさて、皆さま! まだまだ盛り上がって参りましょうとも!」

「お手を拝借ーーさあ、幕を上げましょう!」

「遠慮はご無用です、主役の皆さま!」



 三方から響く同じ声に、鼓膜が震える。


 ……同じ笑顔、同じ声色、同じ仕草。

 見分けようとするほど、目の奥が狂いそうになる。



 アスフォリオたちの拍手の裏に紛れた詠唱を耳が捉えた。

(……詠唱? いや、この構文はーー)



「唯一の御名(みな)よ。

 我はこの身を器とし、いま“原誓(げんせい)”へ呼びかける。

 大地を成した最初の律よ、眠りし御業をひととき我へ映し給え」



(大地系統の上級誓術、典型構文……!)

(発動すれば地形そのものが……いや、規模次第では全員巻き込まれるッ!)

 思考より早く、祝福≪反衝≫が身体から立ち上った。



「世界の巡りは歪み、支えあるべき地は揺らぎ、

 形を保つ理さえ沈みゆく。


 ゆえにここに宣する。

 禁忌を恐れず、代償を厭わず、原誓の理に従いーー


 “この場に影を落とすものすべて”を基点とし、

 その周囲に在る大地よ、響き合う形で隆起せよ。


 同じ影を共有するもの、同じ光に照らされるもの、

 神の眼差しの届く限りにある“輪郭”を境にして、

 大地よ、層を為し、重なり、峰を生み出せ。


 これは願望に非ず。世界への定理の再響。

 御手の形を借り、原誓の記憶をなぞり、

 いまここに“高壇”の因果を刻む。


 顕現せよ、《グランダード》!」



 大地の奥底が軋みを上げ、次の瞬間、

 足裏を突き破るような爆震が世界を叩きつけた。



 祭壇を中心としてーーだが祭壇そのものではなく、

 そこから一呼吸ほど離れた地点を起点に、地面が“円”を描くように盛り上がり始める。



 乾いた土が裂け、岩盤が悲鳴を上げて割れ、地形そのものがめくれ返っては裏側を晒し、うねる巨獣の背骨のように大地が盛り上がった。



 その膨れ上がった土塊は、円環状に押し固められたように重なり合い、幾重もの壇を描いて連なり始める。


 まるで“逃げ道を塞ぐように”、我々の周囲を巨大な山脈が螺旋状に取り巻いていく。


 隆起の奔流に呑まれたアスフォリオたちは、叫ぶ間もなく宙へ攫われ、翻弄され、そのまま押し寄せる土塊に叩きつけられる。

 ーーそして、岩肌に貼りついた影のように、歪んだ姿勢のまま“新しい山の一部”として沈黙していた。




 そして鎮まった土煙の中、台座の縁に――楽器を抱えたアスフォリオが一人、また一人と並び立つ。



「いざ、開演! 演目は――世界再生の讃歌!」



 号令と同時に、大気が震える。


 突如、けたたましい金管の咆哮が山肌にぶつかって跳ね返り、その余韻を裂くように、太く艶のあるテノールの歌声が響き渡った。


 祈りとも呪いとも判別のつかない音階で紡がれた、聴き慣れない言語の歌声が山脈に反響する。

 まるで壁面そのものが“共鳴器”になったかのように重低音を震わせて返してくる。


「これは……古代語ーー」

 史書に残る一節が聞き取れ、神への賛美を捧げていたことを理解する。



 歌声を披露したアスフォリオが祭壇へ向けて深く一礼し、こちらに向き直った後、胸に掌を添えて静かに歌を紡ぎ始めた。


「聞け……迷える(あだ)よ。

 我が言は乱心の譫言うわごとにあらず。

 かの御業みわざを畏れ、ことわりを識る者のーー正道なり」


 歌唱と演奏は重なり合う。

 そして、壇下の我々を照らすように光が差し込み、強弱をつけて舞台照明のように変化する。


 なおも迫り来る“同一存在の群像”を、リゼルファ隊士と共に斬り伏せ続けており、新たな演出へ目を向ける余裕など欠片もない。


「奉身とは、ただ己が身を断つ義に非ず。

 他者の命をて礎を築き、

 世界のふたたび立つ柱と為す……是れ、真の献身なり」



 節回しと共に光が切り替わり、これまで倒した“アスフォリオたち"の姿を浮かび上がらせる。

 その輪郭が揺らぎ、やがてーーカロムの村の民、王国騎士団……第一遊撃隊の兵士の死骸へと変貌する。


 煽るように弦がひときわ鋭くかき鳴らされる。



「嘆くことなかれ。

 これらの者どもは巻き込まれし哀れな民に非ず。

 新たなる秩序を支える“もとい”として選ばれし者。

 その血潮は、世界の再び息づく最初のしずくと化す」



 アスフォリオが歌う“理屈”は旋律に乗せられて妙に耳へ染み込む。

 しかし、途切れ途切れ拾える限りでは、犠牲を正当化しようとする言い訳以外の何ものでもなかった。



 まるでその心中を読んだかのように、アスフォリオたちの演奏が突然途切れる。

 歌っていたアスフォリオが祭壇の中央へ歩み出て、冷笑を浮かべながら我らを見下ろした。



「……頭を冷やし給え、愚かなるあだどもよ」


 語気は静謐(せいひつ)だが、背筋を氷で撫でられるような威圧があった。


「目的のために命を求むることが、果たして“異常”と申すか?

 秩序を保たんがために、幾千の民を戦へ送り込むのは誰であった?」


 アスフォリオは、舞台演者のように片腕を掲げ、ゆっくりと円を描く。



「王も、軍も、そして“あなた方”も。

 皆、同じ火床(ひどこ)の上に立つ者ではございませんか?」



 その一言が胸の奥をきしりと抉った。

 それはーー"オルセオン王子殿下との約束"の先に確かにある、自分がいずれ踏み入れる未来そのものーー。


 一瞬の間であったが、自分でも気づかぬほど拳を強く握りしめていた。


 アスフォリオはその揺らぎを嗅ぎつけ、愉悦を隠そうともしない笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を胸に当てて言葉を続けた。


「火床に立つ者には、

 穢れを洗い落とす“再生の儀”が必要にございます。

 熱に焼かれた身は、水を知らねばならない……」


 囁くような声で、しかしその響きは祭壇全体に染み渡る。



 そして、天へ届くほどの声量で歌い上げる。



「聞け……聞け……

 深き(ふち)に沈む“(いにしえ)かわ”よ。

 揺籃(ようらん)の夢をいま再びほどき、

 きよことわりの名のもとに目覚めよ。


 あまを巡る光の帯よ、地を抱きし清き胎よ、

 いま我が身を舟とし、罪の残滓(ざんし)をすべて運び去れ。


 流れよ、流れよ、

 幾千(いくち)の生を映し、

 幾億(いくおく)の死を洗い清める“御手(みて)”となれ!」



 歌は誓術の詠唱とは似ても似つかぬはずなのに、胸の奥をざわりと撫でる“嫌な気配”が確かにあった。


「殿下ッ!」

 オルセオン王子殿下の首根に手をかける。

 盾になるでも、抱きすくめるでもなくーーただ無条件に守る姿勢で引き寄せる。




「ーー()めよ、(ねむ)りし流れよ!

 我らが穢れを、我らが嘆きを、

 すべて、すべて、すべぇぇぇて……洗い去れえええええぇぇぇ!」



 息を飲む間もなく、空気が震えた。



 次の瞬間、頭上の暗闇が裂け、その亀裂から山一つを呑み込めそうな量の水が落ちてきた。


 それはもはや“水”ではなく、圧縮された壁だった。



 楽器を構えていたアスフォリオたちを容赦なく叩き潰し、金管も弦も木管も、悲鳴を上げる暇もなく粉砕されていく。


 音楽は唐突に断ち切られ、代わりに、耳を裂く轟音と、肉と骨が砕ける鈍い音が混ざり合った。


(誓術……やはり、誓術の発動……!

 地形を変えた土の上級に続いて、今度は水か……!)




「リゼルファ隊士ッ!」


 考えるより先に、身体が動く。

 オルセオン王子殿下を抱きかかえるように引き寄せ、リゼルファ隊士の襟を片手で乱暴に掴む。


 刹那、濁流が横殴りに襲いかかる。


 世界のすべてが水の衝撃に書き換えられた。

 肺から一気に空気が絞り出され、全身の骨が一本一本、同時に軋むのが分かる。


 ≪反衝(はんしょう)≫が暴れ狂う。

 皮膚の下で、膨大な力が行き場を失って渦巻き、筋が裂けぬよう、骨が砕けぬよう、必死に堪えるだけで精一杯だった。


 視界の端で、王子殿下とリゼルファ隊士の身体は水流の中でかろうじて“揺れる”だけで済んでいる。

 本来なら岩壁へ叩きつけられて即死していてもおかしくない状況で奇跡的に水中で攪拌されるだけで済んでいる。



 関節という関節に、焼けた釘を押し込まれたような痛みが走る。

 指先から感覚が遠のき、腕の内側にいやな温かさが滲みはじめたところで、痛みだけが急に引く感覚を覚える。



 リゼルファ隊士の祝福だ。呼吸すらも回復している。

 ……ならば、あとは身体が崩壊する手前まで耐えれば良い。


 上も下も分からない混濁の中、王子とリゼルファ隊士を抱き締めて離さなかった。



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