番外編 優しいシスターチルラー
私の名前はチルラー。分けあってファーストネームはない。
勇者様は普段、とても寡黙。何を考えているのか分からないことが多い。
けれど、ときどき野宿の最中に、一人で横になりながらこんなことをつぶやくのだ。
「なんで異世界なのに金髪イケメンがいないんだよ」
「なんで魔王は女なんだ……」
……正直、意味は分からない。
でも、きっと勇者様は「男性の仲間が欲しい」のだろう。確かに私たちのパーティには“タンク役”が不足している。だから、仲間を補いたいのかもしれない。
ただ、なぜ「金髪イケメン」なのだろう?
勇者様は種族や見た目で判断するような人ではないはず。……きっと深い理由があるのだろう。
そして、魔王が女性であることを不満に思っているのも、きっと「女性だから殴りづらい」と思っているのだろう。魔族であれば男だろうと女だろうと容赦はいらないはずなのに。勇者様は、それほど優しい人なのかもしれない。
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私の一日は、一杯の魔族の血を飲むことから始まります。
本来なら腐った魔族の血も、私が飲めば浄化される。だから私は毎朝、部屋に生け捕りにしている34体の悪魔から血を搾り取っているのです。
「たすけ…て…」
「ぎゃああああああ!!」
……うるさい悪魔たちですね。大人しく搾取されていればいいのに。
中にはこういう輩もいます。
「おい、このクソシスター!!絶対に俺様がぶっ潰してやるからな!!」
さて、皆様ならどうしますか?
殴る? 蹴る? それとも恐喝?
正解は――全部です。
「はああああああああ!! うるっせーんだよ、このマヌケが!!!」
「ぐふっ…いてぇ…助けてくれよ。俺は関係ないだろ…」
「関係ありませぇぇぇぇぇん!!」
私は蹴飛ばし、殴り、そして恐喝しました。
蹴りを入れるたびに、罪が消えていくような感覚を覚える。
――やはり世界は、愛に満ちている。
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さて、今の私はとってもフリー。こういう暇なときは懺悔室でお悩み相談を聞きます。
「旅をしてるのに懺悔室で相談なんて聞けるの?」
はい、もちろん安心してください。私が使うのは、その辺の町にある適当な教会の懺悔室です。だから旅の途中でも安心して、迷える子羊を導けるのです。
今いるのは……「世界真理発見教」とかいう教会ですね。正直、よくわからない宗教ですけど、そんなの関係ありません。
重要なのは、ここで私が悩みを聞くこと。それこそが神の導きです。
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迷える子羊がやってきました。
「自分は魔族に恋をしてしまいました」
「お前燃やすぞ」
「えっ」
「あ、すみません。どうぞ続けてください」
私ったらいけない、すぐに燃やそうとする癖が出ちゃう。もしかしたら「魔族」じゃなく「裸族」と聞き間違いだったかもしれないのに。
子羊は話を続けます。
「彼女はとっても聡明で、物憂げな表情を浮かべながら海面に映る空を眺めていました」
――そういうポエム的な描写はどうでもいい。本題を話してほしい。だが私は人間ができているので黙って聞いてやる。
世界真理発見教・216頁にはこうある。
「迷える子羊は、押してダメなら引いてみなさい」
つい十分前に読んだ言葉だけど、良い言葉だと思わない?
子羊はさらに続ける。
「そして彼女はこの世のものとは思えないくらい美しく、誰でも簡単に恋してしまう存在でした」
なるほど、女悪魔に恋して悩んでるということね。
「汝、それは卑劣な女悪魔の魔法によって心を操られているだけです」
「はっ!?話聞いてました?俺が恋したのは男悪魔なんですけど」
……え?男悪魔?しかも声のトーンからして、こいつも明らかに男。
「さっきの彼女の説明は、俺自身の説明です」
……自分で自分を「この世のものと思えぬ美少女」みたいに語ってたってこと!?恥ずかしくないのか!?
「今から、私と彼の出会いを語ろうと思って」
「いや、結局悩みは何なんですか?」
「新婚旅行をどこにするかです」
おい。お前……。
「あなた、声から察するに男ですよね?それなのに自分を『彼女』って呼んでるんですか?」
「ちょっとシスターさん、センスが古い」
……こいつは悪魔じゃないけど殴って良いかな?