期待ハズレ
前回、レックスはおばさんの趣味のせいで無理やり女装させられるという、この世で最も重い罪の犠牲となった。
俺は「誰も犠牲にしたくない」という想いから、自らを生贄に差し出す決断をした。
だが――神は俺を見捨てなかった。
奇跡的に生き延びた俺は、今、目の前に立ちはだかるおばさんを倒そうとしている。
女神よ。あんた、完全に詐欺だ。
「転生したらスライムやゴブリンとR18展開」——それ、どこ行った?
渡されたチートはクソの役にも立たないし、この世界には俺好みの男もほとんどいない。
そんな訳のわからん世界に放り込まれて、いま俺は——ルーズリールの喉元をつかんでいる。
「助けて、助けて、助けて、助けて——」
反復法で命乞いされても、情は動かない。さっさと片をつけるか、と力を込めかけたその時——
「……あた、しを、こ、ろ、す、の?」
急に“かわいい風”の語尾。
(※ハイドルもそうだが、魔族は可愛い言い回しでごまかそうとする習性でもあるのか?)
(ルーズリール心の声:チャンス。油断したところで一気に——)
「普通にこ、ロス、よ?」
俺は手を緩めない。「俺は男からの命乞いしか聞かないタイプだ」
——それに、200歳のおばさんが“かわいい”で押してくるのは、さすがに無理があるだろ。
ーーーー
レックスが俺にお願いをしてきた。
「こいつ、確かに頭悪いし、多分今までに多くの人を殺めた悪いやつだけど……どうにかなんないのか?」
俺はクールな顔を崩さず答える。
「甘いな」
——でも内心は違う。
かわいいいい!やさしいいい!最高じゃん!!
俺、こういう純粋キャラ枠をずっと欲しかったんだよ!
しかしダメだ。ここでニヤけてしまったら全部が台無し。冷静を装わなければ。
「ダメだな。ここでこのおばさんを倒さないと、多くの人が苦しむ」
(……やばい。顔が勝手ににやけてる!)
レックス(この勇者……ごちゃごちゃ正論言ってるけど、めっちゃ楽しそうに殺そうとしてる!? さすが勇者だ、心が壊れてないとできないのか……)
あれ? なんか誤解されてる気がする。もっと優しい言い方をしないと——。
「悪い悪い、今からこいつはスゥーーーーーーーッと楽にしてやるから」
擬音を使って柔らかくしたつもりだった。だがなぜだろう?
ハイドルもレックスも顔が青ざめている。
おかしいな……俺、酸素を抜くスキルなんて使ってないはずなのに。
ーーーー
ルーズリールが俺の頭に手を当て、呪文をつぶやいた。
次の瞬間、あたり一面が紫の光に包まれる。
「馬鹿ね。私に時間を与えるなんて。この呪文は詠唱に時間がかかる代わりに——相手と自分の身体を入れ替えることができる魔法なの!」
紫の光が消えると、ルーズリールの身体はその場に崩れ落ちた。
(これで、このぶっ壊れ勇者の身体は私のもの……勝ったわ!)
だが、ルーズリールが違和感に気づくのは20秒後だった。
(おかしい……勇者の体に乗り移ったはずなのに立ち上がれない。それに、人間の視野って……こんなに低かったか?)
目の前ではレックスとハイドルが何かを囲っている。そこにいたのは——一匹のトカゲ。
俺が説明する。
「俺のチート能力には耐性があるんだ。だから、俺の体じゃなくて、俺の体に最も近い生物……つまりこのトカゲに乗り移ったんだな」
トカゲ(ルーズリール)は暴れ回るが、声を発することはできない。
(アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
俺は冷静に結論を出した。
「とりあえず、これはチルラーのお土産にするか」
ーーーー
俺は報告書を全部書き終えてから、レックスと会話した。
「勇者様ありがとう。最初会った時は頭おかしい人だと思ったけど、なんだかんだで安心できる人だったよ」
「よかったよ。これで弟の仇はとったぞ」
「……えっ?」
レックスが困惑している。
(何?なんで驚いてんだ?)
理解できなかったので、そのまま聞いてみた。
「いや、だってこの村の男が消えてたのは、あの女のせいだろ?俺が解決して……お前のいなくなった弟も報われるって話じゃないのか?」
そこでレックスが、この村の真実を語り出す。
「違うんだよ。村から男がいなくなったのは、あの女のせいじゃない。ただ、村の男たちが“ここから逃げたいだけ”なんだ」
「は?」
「この村は“男しか入れない”決まりがあるだろ? でも男たちは自由に恋愛も結婚もしたい。だから正式に出るには時間も手続きもかかるし、こっそり出て行くしかなかったんだよ。村のトップたちはそれを知らなくて、勘違いしたままだったんだ。弟も逃げただけ。まぁなんだかんだ言って助けてくれて、あんがと」
……俺は、初めてレックスにイラっとした。
ーーーー
俺はレックスを仲間にしたい。
けれどハイドルが口を挟んでくる。
「冒険は危険だ。ただの村人を巻き込むのは無責任だろ」
正論すぎて反論できない。
だから一旦こう切り替えた。
「よし、魔王を倒したら仲間になってくれ」
――フラグだけ立てておく作戦だ。
そのときだ。
「レックスくん〜!」
突然、女の声が響き、ひとりの娘がレックスに抱きついた。
レックスは困ったように狼狽える。
女は嬉しそうに言った。
「やっと村に入れる日が来たから、会いに来たの!」
さらに追い討ちをかけるように、
「私たち、幼なじみなの」
と、爆弾発言。
しかも正体は――俺たちを村まで送ってくれた“物を届けるおじさん”の娘だった。
あのときおじさんが言っていた。
「昔は1日だけなら娘も村に入れたんだがなぁ」
……まさか、この子がそうだったのか。
やばい。
なにかが崩れる音がした。
俺は焦って大声で叫ぶ。
「レックス、お前お金に困ってたよな!?」
「まぁ、困ってはいるけど……」
よし、きた。
「月に50万出すから、俺のところに来い!!」
――横恋慕? 幼なじみ? 知ったことか。
レックスは俺の仲間にする。絶対にだ。