まじで無意味
前回のあらすじ:
俺の大好きな金髪ショタ・レックスが、ショタコンおばさん(本人は「若い子好きな健全なお姉さん」って言い張ってる)に連れ去られてしまった。
しかしその移動速度、驚異の──分速10m。
もう歩いて追いつけるレベル。もはや戦闘というより、持久走。
……こんな茶番に俺たちは本気で付き合わないといけないのか?
俺はとりあえずルーズリールの首を絞めながら返すように催促する。
「いいから、さっさとレックスを返せよ。お前名前がルーズリーフっぽいのに、全然軽やかじゃないんだな」
顔が真っ青になった蛇女は、必死に吐き出す。
「……うまいこと言ったつもりか、この黒髪男がッ!」
俺はそのまま首を絞め続けるが、ふと疑問がよぎった。
――あれ? なんでこいつ、ルーズリーフを知ってるんだ?
異世界人のはずだろ。なんでステーショナリー事情に詳しいんだよ。
その一瞬の油断が命取りだった。
蛇女は体中をバラバラに小さな蛇に分解し、四方八方へ逃げ散っていった。
「ちょ、おまっ! パズルかよ! ちゃんと元のパーツ揃えられんのか!?」
ーーーー
俺の名前はレックス。今、あの蛇女に捕まっている。
奴は小さく分解した蛇を集め直し、再び元の姿に戻った――はずだった。
「私の顔って、こんなに不細工だっけ? ちょっと再結合ミスったかな」
いや変わってねーよ。どんだけ自分を可愛い前提で見てんだ。
かれこれこれで八十七回目。この女が分解して再結合した回数だ。
「アクセサリーが足りないのかなぁ?」
いや絶対違うだろ。アクセサリーで解決する問題じゃない。
「私、可愛いのかな? ほんと不細工じゃない? やばい、病んで死にたくなってきた」
……めんどくさい女ムーブここまで振り切ってるの、俺も初めてだ。
そもそも、俺は男ばっかの村で育ったから、女と会話するの自体ほぼ初めてなんだけど。
「魔王様……私、自分の役目まっとうできてるかな? ねえレックス君はどう思う?」
……よりによって俺に振ってくんな。
ーーーー
「まぁ……かわいいと思うぞ」
とりあえず適当に相槌を打っておく。変に怒らせて殺されたら元も子もない。今は生き残ることだけ考えろ。
「ほんとに? 私、可愛い?」
……めんどくさい。
「かわいいと思うぞ」
これで大丈夫だろ。
「具体的にどこが? 顔面の点数は? ボディの点数は? あと私に似合うアクセサリーも選んで」
……めんどくさすぎるやろ。もしかして助けが来るまで、ずっとこれに付き合わされんのか?
「具体的には……足、あたりかな」
そう言った瞬間、ルーズリールが真顔で詰め寄ってきた。
「いや、私、蛇だから下半身に足なくない?」
どんだけめんどくさいんだよ!?
ここで大声を出して怒らせたら終わりだ。必死に取り繕う。
「えっと……鱗がこう、みずみずしくって可愛い……とか?」
すると今度は急に泣き出す。
「ひどい……鱗のほうは綺麗なお姉さん系ファッションにしておいたのに。ハイドル好みの見た目にしたのに……!」
「あぁもう、めんどくせえな!!」
ーーーー
ルーズリールは俺の余計な一言にブチ切れ、いけにえの儀式を始めようとしていた。
「いや、さっきのは嘘で! 実を言うと、めちゃくちゃ可愛いと思ってます!」
……さすがに無理があるか? 相手は200歳超えのおばさんだ。並の賛美じゃ効かないだろう。逆に怒らせる可能性すらある。
「お世辞は結構。――紅茶の好きな銘柄を言いなさい」
……あれ、通じてる? いやいやそんなはず――。
「ほんとにお世辞じゃないですって。さっき“不細工で辛い”とか言ってましたけど、全然そんなことありません。一瞬、王国のお姫様の血筋かと疑ったぐらいで……」
ルーズリールは少し笑みを浮かべる。
「舐められたものね。そんな目に見えたおべっかが通じると思われるなんて……。まあいいわ、今日は忙しいから儀式は明日に延長してあげる」
めちゃくちゃ効いてる!? このまま畳み掛けるか。
「いや本当に、とんでもない美女ですよ。ハイドルなんか裏でめっちゃときめいてましたから。もうあなたのことばっか話してました」
「――ハイドルううううう!! ああああああああ!!」
ルーズリールは急に暴走し、絶叫と共に床をのたうち回った。
そして数秒後、何事もなかったかのように息を整え、冷静に言う。
「……ごめんなさい、少し取り乱したわ。でもね、ハイドルに興味があるって時点で解釈違い。あなたの言ったことは嘘。やっぱり儀式は今日行いましょう」
……やばい。発狂してからの冷静さ、怖すぎる。
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洞窟の前。
俺とハイドルは立ち尽くしていた。
「なあ……ほんとにこの洞窟であってんのか?」
隣のハイドルが怪訝そうに睨む。
人差し指を立てて答えたのは俺だ。
「もちろんだ。俺には“好きな人間が連れ去られたとき便利な能力”――《ラバーズディスタンス》がある。このスキルを使えば、自分の恋人の現在地が正確にわかるんだ」
ハイドルは顔を青ざめさせて言う。
「でも……お前、レックスと付き合ってないじゃん」
「何言ってんだお前?」俺は目の色を変え、力強く言い返す。
「俺とレックスは一緒に飯を食った。一緒に屋根の下で一晩を過ごした。そして俺は収入をあいつに渡した。これはすなわち――夫が妻に生活費を渡す行為と等しい!」
「いやいやいや!」ハイドルが慌てて手を振る。
「いい感じに言ってるけどさ、屋根の下ってよりかは橋の下だったろ? しかも“収入を渡した”って、要はたかられただけじゃねーか!」