好きなのは なんだよなぁ
人によっては苦手な要素があるかもしれませんが、全年齢が安心して見れるコンテンツです。
異世界の酒場は、ある男の噂で持ちきりだった。
「聞いたか? あいつ、街外れに現れた外来スライム、一日で全滅させたらしいぞ」
「知ってる。あのスカした黒髪の奴だろ? 無表情でマジむかつく顔してんだよな」
「女ばっか連れてハーレム築いてやがるのも腹立つわ。あんな奴、女以外誰がついてくんだよ」
「だったらお前、仲間に入れてって言ってみろよ」
「……誰があんな気味悪い奴と一緒に旅するかよ」
通りを黙って歩く黒髪の青年。
その男こそ、今まさに話題の中心にいた張本人——**勇者・匠 誠**である。
宿屋
はあ……街を歩けば、聞こえるのは嫉妬、陰口、悪意ばかり。
そんなのに付き合う気もなく、俺はいつものように仲間の女4人と宿屋に戻った。
魔法使いのイマネが、冷えたビールを俺の背中に押しつけてくる。
「ねぇ、誠様。一緒にお風呂入りません?」
※笑顔は満点。理性は試される。
するとすぐに、獣人族の女戦士・サラが大声で割り込んでくる。
「ずる〜い!! 私も誠とイチャイチャしたい!!」
宿のロビーの視線がこちらに集中する。いつものことだ。
「……二人とも、明日は早い。さっさと寝ろ。体を休めろ」
「は〜い♡」「……ちぇ〜」
文句を言いながらも、二人は素直に自室へと戻っていった。
イマネ「さすが勇者に選ばれた男……全てにおいて、硬派ですわね」
サラ「私、人間って信用してなかったけど……誠は手出してこないし、安心できるな〜」
——違うんだ。
お前らがどうとかじゃない。
ただ俺は、「男」が好きなだけなんだ。
回想
——俺の物語は、近所の陸上部の大学生たちが走る通学路を、自転車で通っていたところから始まる。
新入生の季節、4月。
陸上部に、新しく入った“すごくタイプ”の男がいた。
あまりに見とれて、
あまりに股間を凝視しすぎて——
バランスを崩し、そのままトラックに突っ込み、帰らぬ人となった。
目を覚ますと、そこには爆乳の女神様。
しかも開口一番、こう言ってきた。
「運動SS、学力SS、見た目SS。すべてにおいて完璧なあなたにお願いがあります。
——異世界に行って、魔王を倒してください♡ついでにチート能力あげますから♡」
俺は当然こう返した。
「ふざけんな。誰がそんな危険なことやるか。
天国も地獄もないなら、さっさと転生させるか、魂ごと消してくれ」
だが——女神のプレゼンは格が違った。
「……いいんですか? あなたの大好きなスライム。ゴブリン。
そして、実績を積めば幹部に捕まって、捕虜ルートもありますよ?」
こんなことを言われて、普通の人間だったらこの言葉を言うことしかないだろう。
「イエス、マイロード。あなたのために全力を尽くします。」
もともと俺は、転生する前から女にまったく興味がなかった。
ただひたすら、男のことが好きだった。
好かれるために俺がやったこと——
学力を鍛えた。
男子が大好きなドッジボールで無双できるよう、体も鍛えた。
見た目を整えるために、月に一度は皮膚科に通って肌をケアした。
そして全員に好かれるように、誰にでも平等に、女子にも真摯に、丁寧に対応していた。
その結果……
なぜか女だけに好かれるようになっていた。
男子からは陰口を叩かれた。
「あいつ、女としか話さねえ」
「リア充ぶってるだけだろ、あのスカした顔で」
違うんだよ。
俺は、ただ……好きな人と話すと緊張して話せないだけなんだよ!
あの、誰もが一度は経験した“青春のあの感じ”を、俺は男相手に感じてるだけなんだってば!!
でも、それを誰もわかってくれなかった。
{異世界}
転生後、俺はすぐにギルドへ行き、名前を登録して冒険を始めようとした。
……が、受付前でチンピラ男に絡まれた。
「ギルド登録したいだぁ? なら、全裸で土下座してもらおうか、えへへへ」
ヤバい。
いきなりこの世界から……とんでもないご褒美が飛び出してきた。
土下座とか、ご褒美がすぎるだろ。何この世界、最高すぎる。転生してよかった!!
……と、心の中で大歓喜していたのだが——
チートスキルが発動して、
俺が土下座した瞬間、周囲の生物を吹っ飛ばす衝撃波が発生。
チンピラは、空高く打ち上がり、二度と帰ってこなかった。
その後も似たようなことが続く。
今日なんて、スライムにわざと突撃してみたのに、
オート防御スキルが発動して瞬殺。マジでイージーモード。こっちは負けたいのに。
しかも、この世界はさらなる試練を用意してくる。
魔王が女だった。
ふざけんなよ!? ドラ〇エだってずっと魔王は男だっただろ!?
なのになんで、最近の作品はすぐに“かわいい女魔王”とか出してくるの!?
そのせいで、ラノベもアニメも、女キャラ8割、男キャラ2割の構図ばっかり!
俺が求めてるのは、
金髪で田舎育ちの純粋無垢美少年とか、
対抗心マシマシの黒髪ツンツンライバルとか、
そういう心がキュンキュンする男キャラなんだよ!
……一応、義務としては魔王討伐に取り組んでる。
あとちょっとで倒せそうなんだけど、困ってる。ほんと困ってる。
魔王がいなくなったら、
誰が「感度10倍魔道具」とか開発してくれるんだよ!?
ハァ……どっかに、黒馬に乗った魔王軍幹部のイケメンが現れて、
俺をさらってくれないかなあ……
——その瞬間。
宿屋の窓が**バリィン!**と割れた。
そこに現れたのは、
赤い髪。黒く光る肌。立派な2本の角。
身長183cmほど。漆黒のマント。
見るからに上級魔族の男。
「震えろ、勇者様。連れ去りに来てやったぜ。
……今日は、いい夜になりそうだな?」
あああああああああああああああ!!!!
来た来た来た来た来た来たあああ!!!!
オラオラ系!筋肉質!男としての自負に満ちた発言!!
こんなのご褒美以外の何だって言うんだ!!!
神様、ありがとう。今夜、俺は本気を出す!!
俺は考えた。
どうすれば、周囲に被害を出さずに、かつ、自分の性癖を満たすことができるか。
いくらなんでも、自分の欲で他人が傷つくのはさすがに胸が痛む。
それをやったら、ただのクズだ。最低だ。
俺は違う。欲望に忠実であっても、筋は通したい男なんだ。
どうする?
どうすれば、目の前のこの男に“倒されたこと”にして、
誰にも気づかれず、合法的に誘拐されることができるのか?
俺は静かに、口を開いた。
「……わかった。お前の城に案内しろ」
赤髪・上位魔族・会いたかった男ランキング7位。
俺の推しの一人である赤髪上位魔族が少し驚いた顔をする。
「へぇ……やっぱり、俺との戦いで周りに被害出るの怖いか?
勇者様も大変だよな。こんなどうでもいい奴ら、守らなきゃいけねぇなんて」
違う違う違う違う違う違う違う!!!!
俺が守りたいのはお前!!!
お前を俺のチートスキルから守りたいだけなんだよ!!!!
けれど、俺はいつものクールモードを崩さず、淡々と返す。
「……御託はいい。名を名乗れ、行ってらっしゃい(あ、名前聞きたいなぁ)」
「俺か? ……俺の名はハイドル」
うおおおおおおおおおおお!!!!
その名前、“ハ”を“ア”に変えたらアイドル!!
もう実質、俺だけの推しじゃん。神様、ありがとう。
俺は取り乱しそうになる感情を押し殺して、冷静に急かす。
「……俺の仲間たちに見つかる前に、早く行くぞ。
これ以上、無駄な犠牲は出したくない(っていうか、見つかったら俺がお前を倒さなきゃいけなくなるから、はよ連れ去ってくれ!!ハーリー!)」
ハイドルは、俺の両手に手錠をかけた。
やっばい……これ、魔力封印タイプのやつじゃん。定番!テンプレ!最高!
さすが魔王軍幹部、性癖に全力で応えてくれるプロの仕事。
が、その瞬間。
宿屋の外から、派手に声が響いた。
「勇者様ァァァァァ!!!」
現れたのは、俺の仲間の一人、聖女・チルラー。
光に包まれ、杖を天に掲げながら、叫ぶ。
「おい!!そこの悪魔!!
汝は、お前の信じる神から嫌われたああああああああ!!
後悔しろ、《インフィニティ・バーンブレーク》!!」
やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!
そんなの放ったら、
“邪”の力が強ければ強いほど即昇天する必殺魔法じゃん!!
ハイドルに効くに決まってんだよ!
ちょっとは俺の気持ち考えろよ!!!
あとさ、チルラー。
毎回**「汝は信じる神に嫌われた!」**とか、悪魔退治のたびに言ってるけど、
意味わかんねえから!!!!
マジでやめて!!!
幸い、ハイドルはギリギリで魔法を回避。
射程外へ逃れて、無事俺を抱えて飛び去ってくれた。
俺は、上空から叫んだ。
「——俺のことは助けなくていい!!
お前たちは、お前たちの人生を歩め!!!」
こうして始まった。
俺の、最高に幸せな捕虜生活が
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