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廃墟のプール

作者: 夜宵 シオン

「おい、雄介、ここだ!」


友人たちの興奮した声に促され、雄介は崩れかけたフェンスを乗り越えた。そこに広がっていたのは、かつて賑わったであろう廃墟のプール施設だった。古びたタイルは剥がれ落ち、壁には無数の落書き。だが、最も目を引いたのは、なぜか満水になっている巨大なプールだった。濁った水は、底が見えないほど黒く、不気味な光を放っている。


「マジかよ、まだ水張ってんのか」


「これ、腐ってんのかな?変な臭いするぜ」


友人たちは好奇心旺盛にプールに近づいていく。しかし、雄介は、その水から発せられる冷たい空気に、言いようのない嫌悪感を抱いた。まるで、生きた何かが、水中に潜んでいるかのようだ。


雄介がプールの縁に立つと、水面に揺らめく影が見えた。それは、ぼんやりと人の形をしており、ゆっくりとプールの端から端へと移動している。まるで、誰かが水中を泳いでいるかのようだ。


「おい、あれ見ろよ!」


雄介が指さすと、友人たちもその影に気づいた。彼らの顔には、驚きと、かすかな恐怖の色が浮かんだ。その時、プールの中から、かすかに**「助けて……」**という声が聞こえた。それは、水がくぐもった、弱々しい声だった。


「気のせいだよな?」


友人の一人が震える声で言ったが、雄介にはそれが気のせいだとは思えなかった。プールの水面に顔を近づけると、冷たい空気が肌を刺す。そして、水底から、無数の泡がゆっくりと上がってくるのが見えた。その泡の一つ一つが、まるで悲鳴を上げているかのように見えた。


雄介は、このプールにまつわる古い事故の噂を思い出した。数十年前に、このプールで複数の溺死事故が相次ぎ、そのたびに原因不明の体調不良を訴える者が続出したという。結局、このプールは閉鎖され、廃墟と化したのだ。


あの事故で亡くなった者たちの魂が、今もこの水中に閉じ込められているのだろうか。


「ここ、いるって……早く出ようぜ!」


雄介が叫ぶと、友人たちは半信半疑ながらも、プールの縁から離れようとした。だが、その時、プールの水面が大きく波打った。そして、水の中から、いくつもの青白い手が、水草のように伸びてきた。その手が、友人たちの足首を掴もうと蠢いている。


友人たちは悲鳴を上げ、パニックに陥った。雄介もまた、恐怖で身動きが取れない。冷たい水が、まるで生き物のように彼の足元を這い上がってくる。


「お前も、来いよ……」


水底から、無数の声が聞こえた。それは、怨みがましく、しかしどこか楽しそうな響きを帯びている。青白い手が、雄介の足首を掴んだ。ひんやりと冷たい感触が、彼の皮膚を蝕む。


雄介は、必死でもがき、その手から逃れようとした。だが、手は彼の足首を強く締め付け、プールの中へと引きずり込もうとする。水面が彼の顔のすぐそこまで迫り、腐敗したような水の臭いが鼻腔を衝いた。


その瞬間、友人の一人が、雄介の手を掴み、力強く引き上げた。雄介は、間一髪でプールの中に引きずり込まれるのを免れた。友人たちは、顔を真っ青にして、無言でプール施設から逃げ出した。


雄介は、振り返る。廃墟のプールは、相変わらず黒い水を湛え、静かに佇んでいた。しかし、水面には、まだ無数の影が揺らめいているように見えた。そして、今も、あの水底から、助けを求めるような、あるいは誘うような声が、かすかに聞こえてくるような気がした。


雄介は、あのプールの呪縛から逃れることはできないと悟った。そして、いつか、あの冷たい水の中に引きずり込まれるのではないかと、静かな恐怖に身を震わせるのだった。

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