「春の嵐と、飛んでった案山子さん!」
朝から風が強かった。
空はまだ晴れているけれど、木々の枝がざわざわ揺れて、畑の端っこの干し草小屋の屋根がバタバタと音を立てている。
「今日は風さんが大きな声出してるね……!」
ミーナは庭に出るなり、ぴょこんと立ち上がった帽子を押さえながら言った。
風にあおられたスカートがふわっとふくらんで、まるで花びらが舞っているみたい。
髪もふわふわ。猫たちも、毛が逆立ちそう。
「し、シロ、飛ばされないでよぉ! モモ、しっぽが凧みたいになってる!」
猫たちはというと、風に興奮したのか、庭を全力で駆けまわっていた。
ときどき風に持ち上げられて、スライディングしたり、くるっと宙に回ったり。
「にゃっ!」「にゃーーー!!」「にゃはーーっ!!」
「こらこら! 猫さんたち、落ちつくのですー!」
ミーナは風で揺れる木の棒をぎゅっとつかんで、帽子が飛ばないように両手で押さえる。
でも、猫たちはもう聞いていない。
「……あ、クロが……わああ! 飛んだ!?」
そのときだった。
畑のはずれから、ゴウン!とすごい音がした。
「な、なに!?」
ミーナは目をまんまるにして、風をかきわけるように畑へ走った。
その先にあったのは──
──案山子さん。
いや、案山子さんの、ポールごと倒れた姿だった。
「ああああああっ! あんざんこさああああん!!」
倒れていたのは、ミーナが一番最初に作った赤い帽子の案山子さん。
毎朝おはようを言っていた、あの案山子さん。
風にあおられて、しっかりと埋め込んだはずの支柱ごと、根元からぐらついていた。
猫たちがワーッと集まってくる。
「にゃあああ!」「あんざんこおお!!」
シロが案山子の帽子を引っ張り、クロがその下の腕部分をガジガジ、モモが支柱をぐるぐる回って──
そのとき!
「と、とんだぁぁあ!!」
案山子さんが、ばっさぁあああと風に乗って、空へ舞い上がった。
手を広げて、空に浮かぶその姿は、まるで空を旅する人のようだった。
「え……すごい……って、すごくないーーーっ!! にぃにぃにぃにぃにぃぃぃーっ!!」
家の中にいたルークは、叫び声と猫の集団突撃を受けて玄関から飛び出してきた。
「な、なんだ!? 火事か!? 魔物か!? いや違う! 案山子が……飛んでるぅ!?」
「にぃにぃ! た、たすけてぇ! 案山子さんが旅に出ちゃったのですぅ~!」
「いや知らんがなっ!」
その頃、空を舞う案山子は、村の空をゆるやかに旋回し、木のてっぺんにふわりと引っかかって止まった。
――ミーナ、放心。
猫たち、座り込む。
ルーク、ため息。
「……なあ、ミーナ。案山子に“空を飛ぶための設計”とかしてないよな?」
「ううん……ちょっとだけ、お手てを広くして、風さんと仲良くできるようにしただけ……」
「……結果、飛びましたけど?」
「うぅぅ……案山子さん……ミーナのおともだち……」
ミーナはその場にぺたんと座り込み、鼻をすすった。
猫たちも静かになって、ミーナのまわりでくるりと丸くなる。
モモがそっと、案山子のボタンを持ってきた。風で飛ばされたのだろう。
「……ありがと、モモ……うぅ……」
そのとき、ふわりと暖かい空気がミーナの後ろから流れ込んできた。
「……まあ、にぎやかねぇ」
声の方を振り返ると、そこには母・レイナがいた。
春色のエプロンに身を包み、麦わら帽子をかぶって、ゆっくりと微笑んでいる。
「……ははぁ……」
「案山子さんが飛んでっちゃったのね」
レイナはミーナを抱き上げ、やさしく胸に抱いた。ミーナは小さくしゃくりあげながら、顔をうずめる。
「飛んでっちゃった……」
「でもね、ミーナが作った案山子さん、とっても立派だったのよ。だから、きっと空を飛びたかったのよ」
「……そ、かなぁ……」
「ええ。今ごろ木の上で、空の風とお話してるんじゃないかしら」
そう言ってレイナは、ミーナの頭をそっと撫でた。
その手はあたたかくて、春の日差しよりもやさしくて、ミーナの涙は、すーっとおさまっていった。
「……ママ、じゃあね、次の案山子さんは……風に乗っても帰ってこれるように作るのです!」
「ふふ……きっと、いい子になるわね」
レイナの笑顔は、春の嵐の中でもびくともしない。
風の音が強まっても、どこか「大丈夫」と思わせてくれる、不思議な力がある。
ミーナは、レイナの腕の中で小さくうなずいて、ぐっと拳をにぎった。
「よしっ! クロ、モモ、シロ! 次の案山子さんは、空からでも帰ってこれる設計にするのですっ!」
「にゃ!」「にゃあ!」「……にゃぅ……(←眠い)」
こうして、春の嵐のなか、またひとつミーナの“大発明”が動き出すのだった。
今日も村の空は、にぎやかで。
今日も猫たちは、元気で。
そしてミーナは、だれよりもかわいくて、働き者なのでした。




