表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹がバカかわいくて平凡な農家ライフが崩壊しそうなんだが!」  作者: やまちゃぁん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/295

「春のはじまりと、にぎやかな予感」

厳しかった冬の名残は、朝の空気にわずかに漂っていた。


 けれど、日が高くなるにつれてその冷気はゆっくりと退いていき、代わりに、ほんのりと土の匂いがあたりに満ちはじめる。


 春だった。


 畑の縁には、小さなタンポポが顔をのぞかせ、早咲きのクロッカスが、まだやわらかな日差しに向かって首を伸ばしていた。


 ふわりと吹く風には、乾いた草の香りと、雪解けの名残を含んだ湿った土のにおい。

 冬の間に眠っていた村が、静かに、しかし確かに息を吹き返していく。


 


 ルークは、納屋の壁にもたれながら、ノートに畑の区画を描いていた。


 去年の反省を踏まえて、今年は保存がきく作物を中心に育てるつもりだ。

 じゃがいも、にんじん、たまねぎ。それに大根やかぼちゃもいい。


 春先に仕込めば、夏には収穫が始まる。


 保存食として瓶詰めや乾燥にもしやすいものばかりだ。


 


「……にしても、とまとがこんなに人気になるとはな……」


 隣でミーナが、とまとを描いた絵本を大事そうに抱えている。


「ミーナは、今年もとまとさんを育てるのです! ぜったいです!」


「……保存はきかないけどな……」


「でも、すっごく甘くて! ミーナ、にぃにぃが作ったやつじゃないとイヤ!」


 そう言って、ぴょこんと帽子をかぶり直すミーナ。


 くるくると回るスカートのすそが、春の風になびいた。


 猫たちも、あちこちで寝そべったり、のびをしたり、気ままに春の空気を楽しんでいる。


 ミーナの言葉には、とまと愛がつまっているらしい。


 ……まあ、少し多めに植えるか。


 


 昼前、ルークは畑の区画図を手に、父・アベルのもとを訪れた。


 ちょうど薪割りをしていたアベルは、汗を拭いながらノートを覗き込んでくる。


「うん、保存野菜を軸にするのは賢い選択だ。去年の冬は……まさかあれほど降るとはな」


「……だから、今年は少し多めに。余ったら乾燥か、瓶詰めにしてもいいし」


「母さんの作るピクルス、隣村で評判だったな。保存しても味が落ちないって」


「じゃあ、そっちも計画に入れておこう。あ、ミーナのとまとも……」


「ふっ……やっぱり外せないか」


 


 ふたりの話はつきることなく、やがて午後の風が吹きはじめる。


 ふと、遠くから「にぃにぃ~~!」という声が響いてきた。


 ミーナの声だ。


 それだけではない。バサバサと藁の山が動いて、何かがこちらに迫ってくる。


「……あれ、何してんだ?」


「……案山子?」


 


 案山子だった。


 というより──案山子に囲まれたミーナだった。


 両手いっぱいに藁をかかえ、猫たちがまるで工房の職人のように器用に藁を結び、木の棒を運んでいる。


 


「にぃにぃ、今年も鳥さんがいっぱい来るかもしれないので、ミーナ、案山子さんを大量生産中なのです!」


「なにその発想と規模……」


「だって! 案山子さん、かわいいし! 元気に手をふってくれるし!」


 風が吹くと、確かに案山子の腕がゆらりと動く。

 その光景を見て、ミーナは本気で「案山子さんが挨拶を返してくれてる」と信じているらしい。


 


 猫たちは、まるで訓練されたように動いていた。


 木の枝を咥えてきたり、くるくる回って縄を引っ張ったり。

 どう見ても、ただの猫ではない。


 しかも、ミーナの指示に従っているのだ。


「クロ、これお願いね! モモ、こっちの帽子! シロ、ちょっと寝ちゃダメです!」


「にぃにぃ、猫たちってほんとすごいでしょ?」


「うん、すごいな。おまえもな……」


 


 こうして、春の始まりの畑は、藁と木と猫とミーナで大にぎわいとなった。


 ふだん静かなこの村で、これほど騒がしいのは、この家ぐらいだろう。


 


 空を見上げると、春の雲がいくつも流れていく。


 冬の冷たさが残る空気も、もうどこかへ行ってしまった。


 鳥たちのさえずりと、猫たちの足音、そしてミーナの笑い声が混ざり合いながら、この春の一日が過ぎていく。


 


 今年の春も──この家は、にぎやかになる予感しかしない。


 野菜たちも、案山子たちも、猫たちも、そしてミーナも。

 みんな、元気いっぱいに育つのだろう。


 


 ルークは、そっと土をひとつかみ手に取り、静かにつぶやいた。


「さあ、はじめるか。今年は……もう少し、準備万端で行こう」


 土の感触はやわらかく、すでに“目覚めた”土地が、その準備を整えはじめているのをルークは感じていた。


 ──そう、彼の無意識の魔力が、再び畑を変え始めていることを。


 


 ミーナが笑う。猫たちが鳴く。春の風がふく。


 そんな、いつもと変わらぬ風景が、また今日も、ひとつ芽吹いたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ