「古代レシピと禁断のオーブン」
甘味神殿の中心、虹色の光を湛えた蜂蜜の柱から、ルークの手を通じて情報が読み取られていく。
その場には誰もいないはずなのに、どこか遠くから「ようこそ」とささやくような声が聞こえる気がした。
「……見えた。これ、調理工程の魔法記録だ。古代語だけど、構造は簡単。温度と魔力の配分まで詳細に残ってる」
「ほんと!? おにぃ、すごいよぉ!」
ミーナは猫たちと手を取り合うようにぴょんぴょん跳ねる。
「うぅ~ん、わたし、お菓子作るのって大好きだけど、これ作れるのかな……でも挑戦したいっ!」
「やる前から諦めるなよ。……それに、試すにはちょうどいいのがある」
ルークが指さした先、神殿の奥に小さな部屋があった。重厚な金属の扉があり、手前には古びた銘板。
《禁断の熱室――管理者以外、立入禁止》
「うわぁ……禁断って書いてあるよ、おにぃ」
「まあ、たぶんオーブンだ。熱と魔力を使った調理炉……ただのオーブンじゃないみたいだけど」
扉を押し開けると、そこには不思議な装置が鎮座していた。
大釜のような形で、内部は蜂の巣のように六角形の細かな穴が並び、中央には紫金色の魔石が浮かんでいた。
「これは……魔力式スイーツ炉。古代の高位錬菓師だけが使えたという……幻の装置のようです」
ギャリソンがぽつりと呟く。
「えっ、使えるの? おにぃ!」
「んー……やってみるか」
ルークが柱から読み取ったレシピを基に、持ってきた素材――小麦粉、蜜糖、果実のジャム、そして自身の畑で育てたバターカブの濃縮脂を並べる。
「ミーナ、材料をこの順で混ぜて。しっかりこねてな」
「おっけー!」
ミーナは頬を紅潮させながら、エプロンを身に着け、猫たちを背後に引き連れて小さな菓子職人のように動き始めた。
「んっしょ、んっしょ……混ざってきた! おにぃ、生地こんな感じでいい?」
「完璧。あとは、これを魔力炉に入れて……」
慎重に生地を炉の中心に置くと、魔石がゆっくりと光を放ち始めた。
青から金、金から緋色へと変わる光が、装置の中を包んでいく。
(にゃ……あったかいにゃ……)
(甘い匂いがしてきたにゃ……)
猫たちは足元に集まり、うっとりした顔で寝そべる。
「すごい……ほんとに、焼けてる……」
数分後、ルークが炉を開けると、ふんわりとした熱気とともに、ほんのり黄金色に焼けた菓子が現れた。
「……完成。古代レシピ第一号」
「すごい……! おにぃ、ほんとに作れたんだ……!」
ミーナは目を輝かせながら、猫たちと共にその菓子に近づいた。
それは見た目こそ素朴だが、香りは深く、どこか心の奥をくすぐるような甘さだった。
ひと口かじった瞬間、ミーナの頬がふわっと緩む。
「……おいし……なにこれ、なにこれ……なんか、涙が出そう……」
(にゃ……うま……)
猫がひとかけらを舐め、くるりと丸まって満足げに目を閉じた。
セレナも、イザベルも、一口ごとに言葉を失いながら菓子を味わう。
「これは……味だけじゃない。“記憶”が……宿ってるわ」
「おそらく、これを焼いた誰かの想い……懐かしい、家族の食卓のような」
ギャリソンが低く呟く。
ルークは焼き上がった菓子をそっと切り分け、皆に配った。
その一切れ一切れが、過去からの贈り物のように感じられた。
「……これ、持って帰りたいね」
「うん。もっといろんな人に食べてほしい。……食べたら、きっと元気になれるから」
ミーナはそう言って、大事そうにラッピングした菓子を手提げ袋に収めた。
猫たちがミーナのまわりに集まり、くるくると尾を振って喜ぶ。
(おみやげ持ち帰るにゃー!)
「さあ、そろそろ戻ろうか。……このレシピも、大事に保管しておく」
神殿の天井を見上げると、光がやわらかく降り注いでいた。
甘味神殿。
そこは、失われた想いと味覚が今なお生きる、静かな記憶の場所だった。
そして、ルークとミーナの“発掘スイーツ”の旅は、まだ始まったばかりだった。




