「王妃の勝手なメニュー」
◆王妃の勝手なメニュー提案
「そうね……せっかくだし、王族らしい素材を使ってみてはどうかしら?」
王妃エリザベートは、優雅に紅茶を啜りながらぽつりと口にした。
「たとえば、ドラゴンベリーや幻蜜花、琥珀の実なんてどう?」
セレナはにっこりと微笑みつつ、内心で頭を抱えていた。
そんなもの、簡単に手に入るはずがない。
「……執事、調達できるものだけで構いません。至急、手配をお願い」
「かしこまりました、お嬢様!」
屋敷の執事団が即座に動き出す。
その裏で──
「王妃様が、しばらくご滞在とのことです!」
という報に、レーヴェンクロイツ家の屋敷全体が騒然となった。
女中頭は召使いを怒鳴り飛ばし、料理長は食材の帳簿をひっくり返し、庭師は芝生の一本一本を整え直していた。
◆畑と猫たちは我関せず
だが、そんな大騒ぎをよそに。
「……あー、もう。やっぱ土いじってた方が落ち着くわ」
ルークは今日も、屋敷の裏庭で畑に精を出していた。
「にゃっ」(ティノ)
「ふにゃー」(シエル)
猫たちも混乱を察したのか、いつの間にか畑へ避難して来ていた。
◆ロイヤル素材、到着
数日後、セレナ邸に続々と“ロイヤル素材”が運び込まれる。
幻蜜花の花弁、ドラゴンベリーの果肉、そして琥珀の実のエッセンス。
王妃は優雅に椅子に腰掛け、茶器を片手に言った。
「セレナ嬢、すべて揃っていないのは残念だけど……始めてくださる?」
「はい。ミーナちゃん、お願いね」
「まっかせてっ!」
ミーナは早速、花弁と果肉を練り込んだ生地を作り、猫たちと共にあれこれ試作を始めた。
その様子を見守る王妃だったが──
(……ちょっと、楽しそうじゃない?)
つい目線が侍女へ向く。
「……わたくしも、ちょっと手伝って……」
侍女がぴしっと首を横に振る。
「王妃様、それはいけません」
「むぅ……」
◆味見会、そして騎士団長
できあがった試作品は、まず王妃付きの侍女たち、そして随行の騎士団員たちが味見した。
なかでも、異様に真剣な眼差しで味見していたのが、騎士団長のハインツだった。
「この味……間違いない、ミーナ様の作品……最高だ……」
「……誰?」(ルーク)
「……こっちが聞きたいわよ」(セレナ)
◆王妃の厳しい舌
そして最後に王妃が一口。
「……確かに、素晴らしいわ。甘さと香り、バランスも申し分ない。けれど……」
満足そうに頷きつつも、どこか物足りなさを感じているようだった。
「……何か、“驚き”が足りないのかもしれないわね」
ミーナは「うーん」と考え込み、猫たちと相談を始める。
◆執事、走る
翌日。
セレナ邸に、黒衣の執事がひとり現れた。
「お久しぶりです。レーヴェンクロイツ分家の執事、ギャリソンでございます。イザベルお嬢様より申し付かりお届け物にございます。」
年季の入った銀縁の眼鏡が光る。
「王妃陛下が滞在されていると聞き、こちらの珍菓研究にお力添えできればと」
彼が持参したのは──
“湖の精涙草”。
湖のほとりに自生する、甘く淡い香りを持つ、希少な食用花だった。
「この花、香りを飛ばさずに加工できれば、すごいアクセントになるかもしれませんっ!」
ミーナは瞳を輝かせた。
「とまとと組み合わせて……ぜったい、すっごいのができるっ!」
ギャリソンは丁寧に頭を下げる。
「ぜひ、王妃陛下にもご納得いただける逸品を……」
その背後で、ルークはため息をついていた。
「ギャリソンさん……いろいろ大変だな……。波乱万丈な執事じゃね?」
こうして、王妃をも巻き込んだ“ロイヤルスイーツ開発編”は、さらに予測不能な展開を迎えようとしていた──。




