「祈りと氷と、天使の光」
「どおすりゃいいんだよぉぉぉ~」
目の前には、うごめく無数の魔物たち。樹々は黒く枯れ、森は毒に染まったように死んでいる。
絶望的な光景の中、ルークは髪をぐしゃぐしゃにかきむしりながら叫ぶ。
「そういや、前にもあったな……どうにもならなくなって……」
思い出すのは、あの時も同じだった。世界が崩れていくような感覚、どうしようもない焦燥。だが、あの時、救ってくれたのは――。
「そうだよ、こんな時は……ミーーーナァーーー!!」
両手を天にかざし、空に向かって叫ぶ。
「ミーナ成分が足りねぇ!! ミーナがいれば、なんとかなる!!」
叫びがこだまする中、振り返れば、ミーナは魔物たちに囲まれ、おろおろしているばかりだった。
「ミーーーナーーー!!手伝ってくれぇぇぇぇ!!」
しかし返事もできず、ミーナは半泣きで縮こまっている。
母・レイナもさすがに苦戦中。セレナはミーナを抱き上げるが――。
「ど、どうしよう!? どーすればいいのっ!? ただのお嬢様にこんな状況、無理よぉ~!」
そのとき――。
「僭越ながら、わたくしめがミーナお嬢様をお助け致します」
汚れた手袋を外しながら、静かに歩み出る執事。セレナからミーナを丁寧に受け取り、抱きかかえると――。
「行ってまいります」
「ちょ!? あっちまだ魔物いっぱい――」
言い終えるよりも早く、執事は走り出しタァァァンと宙へ――。
「……とんだぁぁぁぁぁ!?」
空中でミーナを抱いたまま、足を揃え、くるくると一回転、二回転。優雅に、軽やかに、ひねりを加えながら魔物たちの頭上を跳躍。
「……さりげなく飛ぶなよっ!? マジで何者だよあんた……!」
「やるじゃねーか!!」
「ふふ、執事でしたら出来て当然でございます」
いやいやいや、できないわよ、手を左右に振るセレナ。
すたっ、と祭壇の上に着地する執事。砂一粒も舞い上がらない完璧な着地。
その様子を見ていた猫たちは、どこからか点数プレートを掲げた。**「10」「10」「10」「にゃん」**と並ぶ。
「……演出過剰じゃない!?」と突っ込むルーク。
ミーナをそっと下ろすと、執事は深く一礼する。
「さあ、ミーナ様。お力をお貸しください」
「……え、えっ、えぇぇぇ~? な、何が起きてるのぉぉぉ!?」
目をぱちぱちさせるミーナ。事態が把握できていないが――ルークが叫ぶ。
「ミーナ!! 大丈夫か!?」
「うん、ミーナ大丈夫!」
「よし、手伝ってくれ!」
「どーすればいいの?」
「周りの森を見てくれ! 枯れてるだろ? それを止めて、豊かになってほしいって……祈ってくれ!!」
「んー? よくわかんないけど……わかったー!」
ミーナは素直に両手を合わせ、目を閉じる。まるで女神さまに願うように――。
「森さん、がんばって~。ミーナ、応援してるよ~」
ルークも膝をつき、祭壇に手を触れる。浮かぶのは、かつての青々と茂った森の姿。動物たちが楽しそうに遊び、風が優しく葉を撫でていたあの光景。
そのときだった。
「……光ってる……!?」
祭壇の上、ミーナの身体がふわりと光を放ち始めた。淡く、やさしく、あたたかく――天使のように。
「うおおおおぉぉぉ!! ミーナが……まじで天使ぃぃぃ!!!」
光は空へと広がり、枯れていた森に降り注いだ。黒ずんでいた幹が色を取り戻し、若葉が芽吹く。森全体が再び息を吹き返す。
魔物たちも次々に光に包まれ、霧のように消えていく――。
「やった……! 減ってきたぞ!!」
その様子を見たレイナが、にやりと笑う。
「じゃあ、大きいの……いっちゃおうかしら?」
「なにぃぃぃ!? 逃げろぉぉぉ!!」
レイナは杖を地面に突き、小声で呪文を唱える。足元に現れる魔法陣――。
ゴゴゴゴ……!
一気に地面が白く凍り、周囲の魔物たちも足元から凍り付く。そして――。
バキィィィン!!
粉々に砕け散った。
「……うん。久しぶりだけど、うまくいったわね」
裸足で逃げるアベル。ブーツが凍って砕けたらしい。
「いってねぇよ……!」アベルがすごすごと戻ってくる。足は裸足、髪も少し凍って跳ねていた。
セレナは笑いながらも、はっとする。
「……そうだわ、リリアーナは!?」
祭壇の上では、執事が少女を優しく揺り起こしていた。
「……気が付いたようです、皆様」
「くしゅん! さ、寒いわね……あら? みなさん、どうされましたの~?」
状況がまるで分かっていないリリアーナがぽけっとした顔で周囲を見渡す。
その姿に――
「あははははっ!」
一同、大爆笑。
執事は微笑を浮かべ、そっと言った。
「お嬢様。お出かけなさる際には、せめて一声おかけくださいませ……」
そうしてルークは、地面に尻もちをつきながら空を見上げた。
「……なんとかなった、のか……?」
――そうだ、ミーナがいれば何とかなるんだ。




