「湖の噂」
――湖の噂――
事件から一日が経ち、別荘の厨房では地元出身のメイドたちが、静かに噂話をしていた。
「……やっぱり、あの湖のせいかも……」
「しっ!そんなこと言ったら……」
「でもね、あそこにはね、封印されてるって言われてるの。『森を喰らう魔獣』が……」
その話を偶然耳にしたセレナとルークが、静かにメイドたちに近づいた。
「ねぇ、その『森を喰らう魔獣』って、どういう存在なの?」
セレナの問いに、最年長のメイドが顔を曇らせながら語りはじめた。
「数百年前、この一帯には異常なまでに森を腐らせ、動植物を喰らい尽くす魔獣が現れたんです。湖が生まれたのは、その魔獣を封じるためだったと……神官たちが命を懸けて結界を張り、ようやく静めたと伝わっています」
「今でも、封印は完全じゃないと聞いています。月の巡りが乱れたとき、結界が揺らぐとか……」
その話を聞いたミーナが、ルークの服の裾をぎゅっと握った。
「おにぃ……こわい……ミーナ、こわいよぉ」
猫たちも、しっぽを丸めてテーブルの下へ逃げ込んでいた。
「もしかして、リリアーナの失踪と関係が……?」
ルークが真剣な面持ちでつぶやくと、セレナも静かに頷いた。
「調べる価値はあるわ。ルーク、行ってみましょう」
「……ああ」
「お嬢様今日はもう遅いので…」執事がたしなめる。
――森へ向かう前の静かな時間――
その夜、ルークとセレナは別荘のテラスで、星空を見上げながら話し合っていた。
「そういえば……リリアーナ嬢、あのとき言ってたよな」
ルークがふと思い出したように口にする。
「『わたしも猫になりたい……このまま森で暮らしたい……』って」
セレナは頬にかかる髪を耳にかけながら、小さくうなずいた。
「……あの子、家ではずっと窮屈な思いをしていたの。厳格な家柄で、自由なんてほとんどなかったから。だから、この避暑地では、少しでも解き放たれてるように見えたわ」
「なるほどな……猫たちを見て、素直に憧れたんだろうな」
「そう。だからこそ、姿が見えなくなった時も、最初は『きっと森のどこかで、ひとりで気ままに過ごしてるんだ』って思ってた。でも……」
セレナの表情が翳る。
「やっぱり、ただの家出とは思えないわ」
「同感だ。……あの噂の“森を喰らう魔獣”、もしそれと関係があるとしたら、放っておけねぇ」
星空の下、風がひゅうと吹き抜け、遠くの湖面が静かに揺れていた。
「明日、森へ行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
「……うん、私も一緒に行くわ」
ふたりの視線が湖の向こう、深い森の影へと向けられた。
そのすぐそばで、窓際にちょこんと座っていたミーナが、毛布にくるまりながら小さくつぶやいた。
「ミーナも……ねこさんたちも……リリアーナおねーちゃん、はやくみつかるといいなぁ……」
風が一陣、湖面を揺らした。
物語は、また新たな深みへと踏み込もうとしていた。




