「避暑地への道」
――避暑地への道――
数日後、セレナの馬車に揺られながら、ルークとミーナは緑深い山道を進んでいた。車窓の向こうには、鬱蒼とした森が続き、ところどころに咲く山野草が風に揺れていた。
森を抜けると、眼下に広がるのは、まるで空を映したような蒼い湖。陽の光を受けて、湖面がきらきらと光を跳ね返し、静かな水音が風に乗って馬車の中に届いてくる。
「うわぁ……絵みたい」
ミーナがうっとりと窓に張り付き、指でガラス越しに湖をなぞるようにしてはしゃぐ。
「もうすぐ着くわ。あの湖のほとりに友人の別荘があるの。名前はイザベル=エルステッド。お菓子づくりが趣味で、とっても優しいのよ」
「わぁ~いっ! ミーナ、およげるかなっ!? およぐぅぅぅ!!」
座席でぴょんぴょん跳ねるミーナの動きに馬車がぎしぎしと揺れ、猫たちが「にゃっ」と小さく鳴いた。
湖から少し離れた丘の上に、立派なお屋敷が見えてきた。白い壁に緑の屋根、バルコニーには赤や黄色の花が飾られ、遠目にも鮮やかだった。整えられた芝と色とりどりの花壇が広がり、まるで童話に出てくるような光景だった。
馬車が緩やかに門をくぐると、メイドたちと執事がきちんと並んで一行を出迎えてくれた。
「ようこそ、レーヴェンクロイツ様。そしてご友人の皆様も」
扉が開くと同時に、ミーナが飛び出した。
「すっごぉぉぉいっ!!」
歓声を上げながら、花壇の間を猫たちと一緒に駆けまわる。その小さな体が風に舞うように走るたび、周囲の草花も一緒に楽しんでいるかのように揺れていた。
「こらこらっ、ミーナ、猫たち、落ち着けってば……!」
ルークが額に手を当てて苦笑しながら、メイドたちに申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、いつもこんな調子で……」
「いえいえ、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
執事がにこやかに応じると、ルークもつられて微笑んだ。
屋敷の扉が開かれると、冷たい風が心地よく肌を撫で、遠くには鳥のさえずりと湖面を撫でる風の音が重なって聞こえてきた。
(……なんか、いい旅になりそうだな)
そんな予感を胸に、ルークは一歩、屋敷の中へと足を踏み入れた。




