「セレナの訪問」
──セレナの訪問──
その日の朝、畑にはやさしい風が吹いていた。トマトの葉がそよぎ、猫たちがのんびりと日向ぼっこしている中、遠くから蹄の音が聞こえてきた。
「わーい! お客さんだぁぁ!」
ミーナが目を輝かせて駆け出す。猫たちも、ぴょこんと起き上がり、そのあとをぞろぞろとついていった。
農道の向こうに見えたのは、見覚えのある紋章をあしらった立派な馬車。その扉が開き、優雅な身のこなしで降り立ったのは、緑の髪を風になびかせたセレナ・フォン・レーヴェンクロイツだった。
「せれなぁぁーーーっ!!」
ミーナが一直線に駆けていき、そのまま勢いよくセレナに飛びついた。
「うごっ……!? み、ミーナちゃん、相変わらず元気いっぱいね!」
ややたじろぎつつも、セレナはしっかりとその小さな体を受け止めた。ミーナはセレナの胸元にぎゅーっと顔をうずめて、「せれなのにおいだぁぁ」と幸せそうにつぶやく。
「ふふっ、いい香りがするでしょ? 今日は特別な香油なの」
セレナが優しく微笑むと、ミーナはさらにぎゅーっと抱きついたまま、くすくすと笑った。
猫たちもぞろぞろとセレナの足元に集まり、すりすりと身体を寄せる。
「あなたたちも覚えていてくれたのね。ふふ、うれしいわ」
畑の緑に囲まれて、笑顔と再会の光景が広がる。その様子を家の縁側から見ていたルークは、ふっと肩をすくめて笑った。
「ったく、来たばっかで大人気だな」
「当然よ。セレナお嬢様だもの」
後ろからやってきたレイナがにこやかに言うと、アベルもうなずきながら、「ミーナのテンション、いつもの三割増しだな」と笑った。
やがて、セレナがミーナの手を取り、少し真剣な顔になる。
「ミーナちゃん、少しだけ、おにいちゃんとお話してもいい?」
「うん、だいじょーぶぅ。ミーナ、猫さんとあそんでるぅ」
お利口に頷いたミーナに、セレナは頭を撫でると、ルークの方へと歩み寄った。
「ルークさん。今日は実はお願いがあって来たの。ちょっとだけ、付き合ってもらえるかしら」
「ん、わかった。家に上がってくれ。とりあえず、まずはミーナのトマトジュースでも飲んで落ち着こうや」
──ルークの家──
木の香り漂う居間には、いつものように優しい光が差し込んでいた。テーブルには、ミーナ特製のトマトジュースが並べられ、湯気の立つお茶と共に、穏やかな空気が流れている。
セレナがジュースを一口含むと、ほっとしたように目を細めた。
「うん……やっぱり、この味。安心する……」
その柔らかな表情に、ミーナがにこにこと近寄り、「おかわりあるよぉ♪」と差し出すと、場が和やかな笑いに包まれた。
レイナがグラスを置き、口を開く。
「それで……セレナ様。お願いっていうのは?」
「ええ。実は、私の友人が最近、避暑地にある別荘に滞在していて……そこにお招きしたいの」
「避暑地?」ルークが少し首をかしげる。
「ええ、とても静かで空気もきれいなところよ。森と湖に囲まれていて、温泉も湧いているの。ちょっとした小旅行だけど、どうかしら?」
「うわぁ~♪ みーな、いきたーいっ!」
ミーナがぱっと手を挙げて、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「ふふ、そう言ってくれると思ったわ。もちろん、猫さんたちも一緒にね」
「にゃあ♪」
猫たちがタイミングよく返事をしたかのように鳴き、部屋中が笑いに包まれる。
ルークも肩をすくめて笑いながら、グラスを置いた。
「ま、忙しい畑仕事もちょっと休憩かねて……いいな、それ」
そんなふうにして、セレナのお誘いで始まる小さな旅が、静かに幕を開けようとしていた。




