──ユメツヅリの湯──
──ユメツヅリの湯──
女将に案内されて、四人と猫たちは建物の奥へと足を踏み入れた。
扉をくぐった瞬間、ふわりと漂う木の香りと、柔らかな湯けむりが肌を包み込む。中は広々としていて、床は磨き上げられた木材。壁には趣のある風景画が飾られ、天井からはほのかな光を灯す吊り下げ式のランプが揺れていた。
「わあああああ! ひろーい! ぴかぴかしてるぅ! 木のにおいするぅぅぅ~!」
ミーナはきょろきょろと目を輝かせ、スキップのような足取りであちこちを見て回る。猫たちも「にゃー」と鳴きながら、そのあとをちょこちょことついていく。
ルークも懐かしそうに建物を見上げながら、静かに呟いた。
「なんか懐かしいなぁ……温泉なんてそんなに行ったことなかったけど、あの頃こういう場所、憧れてたな……。連勤つづきでボロボロだったし……」
「ミーナちゃんはお姉さんと一緒に入りましょう!!」
美月が元気よく提案する。
「んー……ミーナ、おにぃちゃんと入るぅぅ……」
ぷいっと顔をそらし、もじもじとルークに寄り添うミーナ。その目にはほんのり涙の光すら滲んでいた。
「うんうん、ありがと……でもな、ミーナ」
ルークは微笑みながら、膝を折ってミーナと視線を合わせる。
「今日はお姉さんと一緒に入ってくれないかな? 兄ちゃんと一緒だと……けだものがいるからね」
「ぷっーーー! けだものらしいですよ、先輩」
美月が吹き出し、亮も苦笑した。
「なんというか……ミーナちゃん、今日は特別にお姉さんと入ってくれると助かるな」
「……うぅぅ、けだもののおにぃぃ……うん、ミーナがんばる……」
ミーナはぷくっと頬を膨らませながらも、えいっと気合を入れるように頷いた。その姿がなんともいじらしく、猫たちも励ますように彼女の足元でにゃあと鳴いた。
「さあ、ミーナちゃん、行きましょ♪」
美月が手を差し出すと、ミーナはちょこんと手を重ね、えっちらおっちらと歩き出した。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「ああ、ルーク」
亮が肩を並べながら、湯けむりの奥へと進んでいく。
「……それにしても……すげーな、ここ」
異世界の温泉、その不思議な世界が今、静かに広がろうとしていた。
──男湯──
湯船のふちには、苔むした岩がごろごろと自然のままに積まれている。湯けむりの合間から差し込む光が湯面にキラキラと反射し、まるで水面が宝石を抱いているようだった。
「……これは……沁みるな」
亮がぽつりと呟き、肩まで湯に浸かりながら目を閉じた。耳をすませば、遠くで鳥の声。風が木々の隙間をすり抜ける音が心地よいBGMのように響いてくる。
「これ……下界戻れなくなる……」
ルークはもはや溶けたように湯船に体をあずけ、半目のままうわごとのように呟いていた。
──女湯──
こちらもまた、自然を活かしたつくりになっていた。花の浮いた湯船、岩の間から流れ落ちる滝のような湯口。蒸気の中でほのかに香るのは、ラベンダーのような優しい匂い。
「ミーナ、猫さんたちもお風呂、しゅき?」
湯船の端っこで浮かぶ猫たちに話しかけながら、ミーナがぷかぷかと漂う。タオルを頭にちょこんと乗せて、満足げな笑顔を見せた。
しかしふと、寂しげにぽつり。
「……でも、ミーナ……やっぱりおにぃちゃんと入りたかったなぁぁ……」
そのつぶやきに、美月は思わず胸を押さえる。
「ダメだ……ミーナちゃんの可愛さ、破壊力が高すぎる……」
そして次の瞬間、ミーナが猫の一匹にそっと手を伸ばして小さく囁いた。
「……こんどこっそり、おにぃと入ろっか……ふふ、秘密ね」
その顔はどこかいたずらっ子のようで、しかしどこまでも純粋な愛情に満ちていた。
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ミーナがゆっくりと肩まで浸かり、湯けむりの中でとろけるように息を漏らした。
その隣で、猫たちも「にゃぁ……」と声をあげながら、器用にタオルを額に乗せて浮いている。
「猫の額ほどのスペースなのに……器用な奴らですね(笑)」
美月が笑いながら、滑りやすい岩に注意を促す。
「ミーナちゃん、足元気をつけてね。滑ると危ないよ」
「うん……あっ、あーーっ!」
その言葉と同時に、猫の一匹がぬめってツルンッと滑り、派手に湯船にぽちゃん!
「にゃわぁぁあ!!」
「わははは! ぬこが飛んだぁ~!」
ミーナがケラケラと楽しそうに笑い出す。その笑顔は、湯けむりに溶けてなお輝いていた。
「ミーナも浮かぶのぉぉ……」
ぷくっと体を丸めて、猫と並んでぷかぷか浮かぶミーナ。
その様子に美月は微笑み、目を細めた。
「……はしゃぐのもいいけど、ゆっくりつかるんだすよぉぉ~……」
「はぁーい♪」
そして再び、猫とともにミーナがぷかぷかと漂っていく。
──異世界温泉、まさに極楽。
誰もがそう思った瞬間だった。




