帰れるんかい!!
ルークと亮がとりとめのない会話をしていると、ミーナがふわりと立ち上がり、にこにこしながら言った。
「おにぃ、あたし猫たちと畑行ってくるぅぅ~!」
まるで遠足にでも行くような笑顔で、ミーナは小さな手を振りながら、猫たちを引き連れて畑へと駆けていった。猫たちも「にゃぁ」と返事をしながら、楽しげに彼女の後をついていく。ミーナが過ごす世界は、穏やかで温かい。
残されたルーク、亮、美月の三人が、木造の素朴な家の中でくつろいでいた。陽の光が差し込む窓からは、青く広がる空と、トマト畑の緑の葉が見えた。外では風に揺れる案山子が、どこかユーモラスに手を振っているようだった。
「ここって日本じゃないですよね?」
と、美月がうれしそうに声を上げた。その顔は旅行にでも来たかのようなワクワクした笑顔。
「なんでうれしそうなんだよ、お前は……」と、亮があきれたように突っ込む。
「いいじゃないですか、先輩!」美月は楽しそうに笑った。
「……あ、おかわりもらえませんか? このとまとジュース♡」
「おぉ、それはな……実は、ミーナが作らないと“本物の味”にならないんだよ」
ルークが苦笑しながら言うと、美月は「へぇぇ~」と興味津々な様子でうなずいた。
「まあ、それでも十分うまいけどな。でも、ミーナが作ると“奇跡の味”になる」
「じゃあミーナちゃんが帰ってきたらお願いしよっかな~」と、美月はとまとジュースのコップを抱えながらにっこり。
ふと亮がルークの目をじっと見て問いかけた。
「さっきの質問だけど……やっぱり、ここは“日本”じゃないんだよね?」
ルークは少し肩をすくめる。
「そうだよ。……にほん、ではない。俺たちがいるのは、たぶん……別の世界」
「でも、君は日本を知っていそうな気がするんだけどなあ」
「うんうん、絶対そうですよね!」と、美月も同意する。
ルークは一息ついてから、苦笑混じりに言った。
「……まあ仕方ないな。誰にも話したことはないけど、実は俺、元・日本人なんだ」
「転生ってやつですか!?」と美月が目を輝かせる。
「去年気づいたんだよ。それまでは、この世界が普通だと思って暮らしてた」
「何かのきっかけで目覚めるってパターンですか!? 先輩、流行りですよ、流行り!」
「そんなもん流行ってたら、みんなトラックに飛び込むだろ(笑)」と亮が茶々を入れる。
「いや、俺は死んだのかどうかすら覚えてないんだけどな」
「……過労死パターンですか?」
「おおうっ! 鋭いな。たぶんそれだと思う」
ルークは頭をかきながら笑った。
「で、あんたらはどうやってここに来たんだ?」
亮と美月は顔を見合わせる。
「……いろいろあってな。この世界以外にも、何度か異世界に飛ばされてるんだ」
「いろんな異世界だって!? マジかよ!」
ルークの目が丸くなる。「じゃあ、帰れないのか? 日本には……」
「いえ、毎回ちゃんと帰ってますよ?」と美月。
「帰れるんかい!!!」
ルークがずっこけるほどの勢いで叫ぶと、家の外からミーナの笑い声が響いてきた。
――どこかほんのりと非現実で、それでもやけに心地よい、そんな午後のひとときだった。
そのとき、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
「ただいまぁぁぁぁぁ~!」
ミーナが元気よく帰ってきた。
「お帰りぃミーナ!! 畑はどうだった?」
「んとねぇーんとねぇー、案山子さんが強かったのー!」
「うんうん、なるほどなー」
「お帰り、ミーナちゃん」と美月が声をかけると、ミーナは首をかしげながら明るく言った。
「ただいまぁ! おねーちゃんと……おにぃちゃん? おじさん?」
その言葉に、美月は吹き出してしまった。
「ぷっ、おじさん……!」
「……あぁぁ、おにいさんでお願いできるかな、ミーナちゃん……」と亮。
「わかったぁぁぁーーー!」
ミーナは笑顔でぴょんと飛び跳ねた。
「お話終わったぁ?」
「えーっと、まだ途中かなぁ」亮は苦笑しつつ答える。
ミーナはくんくんと鼻をひくつかせながら、「ねえ、お姉さんたち、変わったにおいがするね?」
「ん?」と二人が顔を見合わせる。
ルークがすぐに気づいた。
「あぁぁぁそういえば……温泉のようなにおいがするなぁ、あんたら」
「……ああ、ついさっきまで温泉に入っていたんだよ」亮が答える。
「ですです~♪」美月も楽しげにうなずく。
「そこでなんだが、この辺りに温泉が無いか知らないか?」
「温泉かぁ、あったら俺が入りたいよ(笑)」とルークがぼやく。
「ん…で、あるかぁ~」亮も鼻をこすりながらつぶやいた。
「オッサン臭いですよ、先輩(笑)」
「ほっとけ!!」
ミーナはふと、思い出したように指を立てた。
「どこかでかいだことあるニオイな気がする……」
「えっミーナちゃん知ってるの!?」
「えぇぇ、俺が知らなくてミーナが知ってるってあるのかぁ?」とルーク。
「んーとねー、どこだったかなぁぁ???」
そのとき、猫たちが「にゃにゃ」と鳴きながら、何かの瓶をくわえて運んできた。
「……あぁぁぁ、あのときだぁぁぁ! あの蜂蜜のおばさんにあったときぃぃ!!」
「蜂蜜!? ……あぁぁ、森で迷子になりかけたときか!」
「うん! あの時この匂いかいだ気がする!」
ルークは腕を組み、夕暮れの光が差す外を見やる。
「そうか……どーする? そろそろ日が暮れるが、こんなとこでよければ泊っていくか?」
「えぇぇー! お姉さん泊っていくのぉぉぉ? ミーナと一緒に寝よぉ~!」
「どうします? 先輩」
「ミーナねぇ、いつも猫さんたちと一緒に寝てるんだよぉ♪」
「ほぉう……じゃあ、明日案内してもらいましょうか」
「はえーな、おい!!」
亮が突っ込んでいると、彼はふと不安そうに訊ねた。
「じゃあスマンが一泊、厄介になるか……っていうか、親御さんは居ないのか!?」
「パパとママ、もうすぐ帰ってくるよぉ~」
その時、ガタンと外で物音がした。
「……あっ、帰ってきたぁぁぁぁ!」
ミーナが飛び出していき、そのまましばらくして、手を引かれた大人の女性と一緒に戻ってきた。
亮たちは立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「すみません、お邪魔しています」
「まあまあ、どちら様かしらねぇ?」と母のレイナ。
「お客さんかい?」と父のアベル。
「えへへ……あたしたち、探し物をしていて、ちょっと迷子になっちゃいまして」と美月が照れ笑い。
「ミーナねぇ、今日お姉さんと一緒に寝るのぉぉ!」
「そうかそうか。じゃあもう日が暮れる、夜になると獣も出るし、うちに泊まっていきなさい」とアベル。
「大したおもてなしは出来ないけど、ゆっくりしていってねぇぇぇ」とレイナが微笑む。
「[獣出るのかよ……]」
亮は内心ビビりながらも、「すみません、お世話になります」と二人して頭を下げた。
「じゃあ、ご飯の支度しますねぇぇ~」と、レイナが台所へ向かい、
「ミーナも手伝うぅぅ!」と張り切って後を追った。
その姿を見て、ルークはぽつりと呟いた。
「うんうん、ミーナはいつも可愛いなぁ……」
それを見ていた美月が、小声で亮に囁く。
「この人、日本にいたときは、yes……noタッチな人なのかな?」
「いや……転生特典とかで、そーなったとか……」
「どんな特典ですか(笑)」
ふたりはくすくす笑いながら、夕暮れの光の中で、どこか夢のような時間を過ごしていた。
亮と美月が主役の「温泉地で異世界転移-ジムニーに謎の力が宿っていた」もよろしくお願いします。




