トマト畑と世界一のジュース
陽はすでに高く、夏の空はまるで絵に描いたような青さを誇っていた。
蝉の鳴き声がどこかで響き、トマト畑の葉が風に揺れてさわさわと涼しげな音を立てる。
赤く熟したトマトが、陽の光を浴びて宝石のように輝いていた。
そんな道の真ん中を、猫たちに囲まれながらルークは亮と美月を案内していた。
ミーナは一人、にゃーにゃー鳴く猫たちを引き連れて、先頭をぴょんぴょん跳ねるように走っていく。
「おにぃ、ミーナ先にいってるからぁ〜♪」
「お、おい! 気をつけていけよ〜。すぐ行くからな!」
走っていくミーナの背中が、風に乗ってトマト畑の緑に溶け込む。
その姿は、まるで妖精か、小さな陽の子のようだった。
「ねぇ、ルーク君って……いくつなの?」
後ろから、美月が屈託のない笑みで訊ねてきた。
「え? あ~、十一歳です」
「じゃあじゃあ♪」
美月は嬉しそうに両手を合わせて跳ねるように言った。
「ミーナちゃんは?」
「七歳な、うちの自慢の妹だ」
「へぇ〜、七歳……ちっちゃくてかわいい〜!」
美月のテンションが上がってきたのに、亮が小声でつぶやいた。
「……子ども見るとテンション上がるって、なんか別のスイッチ入ってないか?」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ルークはふと亮の質問に答える。
「さっきの赤い案山子、なんであんな色してるんだい?」
ルークは一瞬、ニヤリと笑う。
(ちょっとカマかけてみるか)
「あぁぁ、赤いとな……普通の案山子より三倍性能がいいんだよ」
「へぇぇぇ……三倍ですかぁ?」
美月が声を上ずらせながら吹き出しそうになっている。
その横で亮は、畑のさらに奥、遠くの丘の上にちらりと見えた木造の建造物を見つめた。
「……ア・バオア・クーじゃね? あれ……どうやって直立してんだよ刺さってんのか(笑)」
目を細め、心の中で何かを探っているような目だった。
(もしかして、この少年……)
「──あそこが俺たちの家ですよ」
ルークが軽く手を上げて、奥の建物を指差す。
近づくにつれて見えてくるのは、丸太を組み上げたような素朴な木造の家だった。
屋根は藁も使ってあり、壁にはところどころトマトのつるが這っている。
建物は風雨にさらされて少し年季が入っていたが、どこか温かみがあった。
「……お、おぉ。田舎の山小屋って感じだな」
亮は少し目を丸くした。
「見るものすべてに目をキラキラさせんなよ、美月……」
「だって異世界なんですよ!? あんなのテレビでも見たことない! すごいよ先輩、すっごく“現地”って感じがする!」
「“現地”ってなんだよ……」
ふたりがそんなやり取りをしていると──
「おにぃぃぃぃ〜〜〜! おかえりぃぃ〜〜〜っ!!」
木製の扉が勢いよく開いて、両手を広げてミーナが玄関から飛び出してきた。
髪は少し乱れていて、目がきらきらしている。
まるで長旅から帰ってきた英雄を出迎えるような笑顔だった。
(……それがやりたかったのか、相変わらず可愛いなぁ……)
「ただいま、ミーナ」
ルークは自然と笑みを浮かべ、ミーナの頭に手を乗せた。
家の中は涼しく、木の香りとトマトの甘い香りが漂っていた。
素朴な丸太のテーブルと手作りの椅子。壁には干し野菜と香草が吊るされ、窓の外には猫たちが丸くなっている。
「とりあえず、そこにでも座っててくれ。今、麦茶入れるから」
ルークが台所へ向かおうとすると──
「おにぃ、ミーナ、もう準備しておいたの!」
テーブルの上には、すでに二つの木製カップに注がれた、つややかな赤の液体が。
「……これ、とまとジュース?」
「そうだよっ! おにぃのトマトはね、世界一なんだからぁ!」
ミーナが自信満々に胸をそらした。
胸元は平たいが、その自信だけで百倍に見えた。
「ほほぉ〜〜……それじゃ、いただきます」
亮が一口飲んだ瞬間──目を見開いた。
「……すっげぇ旨い!!」
「ぷっはぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
美月も大げさにのけぞりながら叫んだ。
「甘いのに、すっきりしてる! トマトって、こんな味したっけ!?」
ミーナは得意げに腕を組み──
「ふふんっ、おにぃのトマトは世界一なのです!」
「うぉぉぉ……わが天使よ……!!」
ルークが思わず天を仰いで両手を広げる。
「……なんか心配になってきたわ、いろんな意味で」
亮はトマトジュースを飲みつつ、苦笑いを浮かべた。
──夏の陽は、まだ高く。
世界一のトマトジュースと、世界一かわいい妹に囲まれたこの家は、今日も平和だった。




