「幕間:凶作の国──ベルナン王宮にて」
空が、鈍く曇っていた。
ベルナン王宮・政庁棟の大広間では、王と重臣たちが集まっていた。
「……今年もまた、南方の麦地がやられたと?」
「はい、陛下。三年連続の干ばつと、病害虫の発生が重なり……もはや貯蔵分で持たせるのも限界かと」
重々しい沈黙のなか、年老いた大臣がぽつりと口を開いた。
「──隣国エルデンに、“妙な赤い作物”が出回っていると聞いております。
甘く、小ぶりで、実が締まっていて……干ばつにも強い、と」
「……“とまと”か」
王は瞼を伏せ、小さくうなずいた。
「かつて、あの作物は王族の血とともに“封じられた”はずだった。
だが……もしそれが再び、この地に現れたというのなら……」
若い参謀官が口を挟む。
「陛下、確認ですが……その“とまと”、かのレイナ様の血筋に繋がる者が育てている、との噂がございます」
「レイナ……」
国王の声に、広間の空気が一層ひきしまった。
「──ならば、血の者に問わねばなるまい。我が国の未来を、分け与える覚悟があるかどうかを」
重たい鐘の音が、遠くで鳴った。
:風を越えて──ベルナンからの使者
乾いた風が、国境の山道を吹き抜けていた。
銀と黒を基調にした衣装の一団が、静かに馬車を進めている。
その先頭には、青と金をあしらったベルナン王家の紋章──“月輪と紅果”がはためいていた。
「……予定通り、明日には王都エルデンに入ります。問題は──」
騎乗した副官が言いかけたところで、使者の長が小さく手を上げた。
「語るな。道中は風も耳を持つ」
その声は低く、鋭く、だがどこか哀しみを含んでいた。
「──レイナ様の“子”が、ほんとうに育てているのだろうか。あの、赤い果実を」
副官は答えず、ただ馬を進めた。空が、少し曇っていた。
王都の地に踏み入れるその日が、まもなく訪れる。
そしてその頃──
ルークは、何も知らずに“焼きいも用・新芋”の土寄せをしていた。
「よし……これで次の茶会もばっちり、だよな」
にこにこする妹の頭に土が落ちた。
「ふえっ!? おにー、またやったな〜〜〜!」
「いやわざとじゃねぇから!」
猫たち:「にゃー(どたばた)」
──赤い果実が、ふたつの国をゆっくりと繋ごうとしていた。




