雨と紫陽花と、赤い花の秘密? 後編
赤い紫陽花が、雨に濡れて静かに揺れている。
ミーナの喉が、こくり……と小さく鳴った。
「……に、にぃに……」
声が震えている。
「本当なのです!?
本当に……その下に、死体が……埋まってるのです……!?」
ウキウキしていた顔はすっかり青ざめ、目元はうるうる。
肩も小刻みに震えている。
――さすがに脅かしすぎた。
ルークは慌てて、両手をぶんぶん振った。
「いやいやいやいや! ミーナ、違う違う違う!!」
あわてて膝を折り、目線を合わせながら言う。
「“そう言われることもある”ってだけで、本当じゃないんだよ。
紫陽花の色ってな、土の成分で変わるんだ。
だから赤かったり青かったりするだけで……死体なんて、埋まってない!」
苦笑いしながら言うと――
ミーナはぷるぷると唇を震わせ、
「にぃに……ひどいのです……」
ぐす、と鼻を鳴らす。
「びっくりして……怖くなったのです……
ついでに……ちょっと寒くなってきたのです……」
「ご、ごめんなぁぁぁ!!」
ルーク、反省MAX。
急いで持ってきていたタオルを取り出して、ミーナの肩にくるりと巻く。
「風邪ひくなよ。温かくして……大丈夫だからな」
頭を優しくぽんぽん。
ミーナも、少し落ち着き、兄の胸元をぎゅっと掴みながら――
「にぃには、もう少し優しく教えるのです……」
「……はい、すみませんでした」
素直に謝るお兄ちゃん。
――それは、まさに「いい感じに落ちた」と思ったその瞬間。
――ガサ……
赤い紫陽花の株が、不意に揺れた。
「…………え?」
さっきまでより、はっきりと。
――ガサガサッ!!
「ひっ……!」
ミーナの足がカクンッと震える。
本当に“生まれたての小鹿”状態である。
ルークはすぐに前に出て、ミーナを庇う。
「ミーナ、俺の後ろ!」
雨音と、心臓の音だけが大きく聞こえる。
紫陽花の下――
何かが、いる。
ルークはごくりと喉を鳴らし、腰を落として身構えた。
(まさか、本当に何か……?
いや、ないよな……いやでも今、確かに――)
そして。
紫陽花の下から、何かが――ぬっと飛び出した!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ミーナ、全力悲鳴。
ルークも思わず肩をビクンと跳ねさせた――が。
「――――にゃああぁぁぁっ!!!!」
出てきたのは。
ふわふわの毛玉たち。
『みつけたのにゃぁぁ!!』
『ここにいたのにゃ!!』
『心配したのにゃああ!!』
――猫たちであった。
ずらり。
紫陽花の株の下、中、横、
あっちからもこっちからも猫が顔を出す。
白いの、黒いの、ぶち模様。
「……おまえら、いたのか……!」
ルークは力が抜けて、その場にひざをつきそうになる。
『にぃに達だけ楽しそうだったから追いかけたのにゃ』
『雨いやだけど、ミーナ心配だから来たのにゃ』
『けど途中で紫陽花の屋根、快適だったのにゃ』
にゃあにゃあ言いながら、足元にまとわりつく。
ミーナは――
一瞬フリーズしたあと、
「……ねこ……」
ほわぁぁぁっと顔がゆるみ――
「びっくりしたのですぅぅ!! でも、よかったのですぅぅ!!」
半泣き笑いで猫を抱きしめる。
『苦しかったら言うのにゃ……でもちょっと嬉しいのにゃ』
尻尾をぶんぶん振る猫。
ルークもようやく笑みをこぼす。
「驚かせるなよ、お前ら……ほんとに……」
『そっちこそ驚かすなにゃあ!!』
『ミーナ泣くところだったにゃ!』
『責任とるにゃ!飴でも買っていくにゃ!!』
「誰が責任飴だよ」
ついツッコミが出る。
森の緊張感はどこへやら、
そこはすっかり、いつもの賑やかで温かい空間になっていた。
そのあと。
紫陽花を少しだけ切り取り、家に戻る。
家に帰ると、レイナが温かく迎えてくれた。
「あら、素敵な紫陽花ね」
「森で見つけたのです!」
ミーナは誇らしげに花を掲げる。
レイナは優しく笑い、
「じゃあ、きれいに飾りましょうね」
花瓶に水を入れ、紫陽花を活ける。
青、紫、桃色、そして――
一輪、静かに存在感を放つ赤い紫陽花。
窓の外では、まだ雨が降っている。
でも――
家の中は、とても温かい。
ミーナはソファに座って紫陽花を眺めながら、ぽつり。
「ねぇ、にぃに」
「ん?」
「赤い紫陽花の下には……
怖いものじゃなくて、優しい思い出とか……
大事な気持ちが埋まってるといいのです」
ルークは、少し驚いたあと――
やわらかく笑った。
「そうだな。
きっと……誰かの“大好き”とか“守りたい”とか、
そういうのが咲いてるんだろうな」
「ふふっ、なのです」
猫たちはというと――
『紫陽花の横、いい場所にゃ』
『ここで昼寝するにゃ』
『雨の日は家の中が一番にゃ』
結局、花瓶のそばでだらーんと転がっていた。
レイナは少し呆れながらも、優しく笑う。
「まったく、うちの家族は……賑やかね」
――雨の日も、悪くない。
おしまい。




