ミーナの心配 ― 行方知れぬ猫たちのために
夜が明けた。
東の空がまだ白んでいるころ、村外れの小さな農家の窓から、ひんやりとした朝の風が吹き込んできた。かすかな鳥の声が聞こえる。
ミーナは布団の中で、小さく寝返りを打った。まだ眠たい目をこすり、ふわぁっと大きなあくびをする。
「ふぁ……もう朝なのですか……」
小さな声で呟きながら、ぱちりと目を開けたミーナは、いつものように枕元を探した。そこには、寝る前まで一緒だった猫たちが、いつもならごろごろと丸くなっているはずだった。
――しかし、今朝は違った。
布団の上にも、足元にも、窓辺にも、猫たちの姿がない。
代わりに、干し草の上に何かが置いてある。
「……ん?」
まだ寝ぼけたままのミーナは、むくりと起き上がり、干し草の上へと近づいた。そこには、猫たちの小さな足跡が、ぺたぺたと押されている。それが丸くつながって、まるで文字のようになっていた。
『いってきますにゃ。ミーナ・バオア・クーを守っててにゃ!』
「……えっ……」
ミーナは目を丸くした。
「にゃ、にゃんですかこれは……!」
小さな手でその「足跡書状」をそっと拾い上げ、しばらく見つめたあと、ぱっと表情が変わった。
「にぃに……! にぃにーーーっ!!」
裸足のまま、バタバタと家の奥へ駆けていく。木の床がぎしぎし鳴る。
「にぃに、起きるのです! 大変なのです!」
寝室の布団の中から、ルークが寝ぼけた声をあげた。
「……ミーナ? 朝っぱらからどうしたんだ……」
ミーナは足跡書状を掲げながら、ぴょんぴょん飛び跳ねるようにルークの枕元に立った。
「にぃに! 猫たちが、いなくなっちゃったのです!! こんなものが残っていたのです!」
ルークは半分眠そうな目で、それを受け取った。足跡のメッセージを読んで、眉をひそめる。
「……なるほど、これか」
布団からゆっくり起き上がり、背伸びをしながら言った。
「どうやら、猫たちが自分たちで出かけたらしいな」
「ど、どこに行ったか分からないのです!」
ミーナは小さな肩をぎゅっとすぼめ、今にも泣きそうな顔をしている。
「わたし、何も知らなかったのです……起きたらもう……いなくて……」
ルークはそっと手を伸ばし、ミーナの頭をやさしく撫でた。
「大丈夫だ、ミーナ。あの子たちは勝手にどこかへ行ったんだろうけど、いつもちゃんと帰ってくる。心配しすぎるな」
「で、でも……」
ミーナは唇をかみ、足元を見つめる。
「よし、とりあえず朝ごはんだ」
ルークは立ち上がり、軽く伸びをした。
「腹が減ってると、余計に心配事ばかり考えちゃうからな。まずは食べて、落ち着こう」
ミーナはしぶしぶうなずいた。
「……はい、なのです」
二人は台所で簡単な朝食を取った。焼いたパンに、畑で取れた野菜のスープ。いつも猫たちが足元に集まってくる時間だが、今朝は静かだ。
ミーナはスープを飲みながら、ちらちらと窓の外を見た。
「にぃに……あの子たち、どこに行ったのかなぁ……」
「分からないな」
ルークはスープをすすると、わざと明るい声で言った。
「でも、何か珍しいものを見つけたら、きっと持って帰ってくるさ。あいつら、そういう顔してたもんな」
「……うん」
ミーナは少しだけ笑顔になったが、すぐまた不安そうな目に戻った。
朝食を終えた二人は、縁側に腰かけた。
小さな畑の向こう、朝の風がそよそよと吹き抜けていく。猫たちが駆けていったであろう道筋も、今は静まり返っている。
「にぃに……」
ミーナは足跡書状をぎゅっと握りしめたまま、ぽつりと言った。
「わたし、心配なのです。もし、あの子たちが危ないところに行ってたら……」
「分かってる」
ルークは小さく笑い、ミーナの髪をくしゃっと撫でた。
「でもな、ミーナ。お前が心配するってことは、あいつらもミーナのことをちゃんと考えてるってことだ。だからこんな手紙、いや足跡を残していったんだろ」
「……そう、なのですか?」
「ああ」
ルークは頷いた。
「ミーナのことが好きだから、ミーナに何かおみやげを持って帰ってこようとしてるんだろ。珍しいものを探して」
ミーナは足跡書状を見つめ、少しだけ笑顔を浮かべた。
「……そうかもしれないのです」
それでも、胸の奥の不安は消えない。
ミーナは思わず言った。
「にぃに、わたし……追いかけたいのです」
ルークは少し黙ってから、真剣な目でミーナを見た。
「追いかける、か……。でもどこに行ったか分からないし、俺たちが出て行ったら畑もどうするんだ?」
ミーナははっとして、言葉に詰まった。
「……そ、そうなのです」
ルークは立ち上がった。
「よし、父さんたちに相談してみよう。勝手に決めることじゃないしな」
ミーナはぱっと顔を上げた。
「にぃに、家族会議なのですか?」
「ああ、そうだ」
ルークは笑ってうなずいた。
「俺たちだけじゃ決められない。父さんも母さんも、ギャリソンさんもいるしな」
「ギャリソンさん、来てるのですか?」
ミーナが目を丸くする。
「さっき納屋のところで見かけたよ。たぶん、また朝の見回りに来たんだろう」
ルークは外を見ながら言った。
ミーナは足跡書状を胸に抱きしめた。
「……にぃに、じゃあ、みんなに相談して決めるのです」
「そうしよう」
ルークは笑った。
小さな農家の一室に、柔らかい朝の光が差し込んでくる。
猫たちが残した小さな足跡は、冒険の始まりを告げる印のように、まだほんのり温かかった。
そして、ミーナとルークは家族みんなで集まり、猫たちを追いかけるべきかどうか――小さな会議を開くことに決めたのだった。