表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

251/256

ミーナの心配 ― 行方知れぬ猫たちのために

 夜が明けた。

 東の空がまだ白んでいるころ、村外れの小さな農家の窓から、ひんやりとした朝の風が吹き込んできた。かすかな鳥の声が聞こえる。


 ミーナは布団の中で、小さく寝返りを打った。まだ眠たい目をこすり、ふわぁっと大きなあくびをする。

「ふぁ……もう朝なのですか……」

 小さな声で呟きながら、ぱちりと目を開けたミーナは、いつものように枕元を探した。そこには、寝る前まで一緒だった猫たちが、いつもならごろごろと丸くなっているはずだった。


 ――しかし、今朝は違った。

 布団の上にも、足元にも、窓辺にも、猫たちの姿がない。

 代わりに、干し草の上に何かが置いてある。


「……ん?」

 まだ寝ぼけたままのミーナは、むくりと起き上がり、干し草の上へと近づいた。そこには、猫たちの小さな足跡が、ぺたぺたと押されている。それが丸くつながって、まるで文字のようになっていた。


『いってきますにゃ。ミーナ・バオア・クーを守っててにゃ!』


「……えっ……」

 ミーナは目を丸くした。

「にゃ、にゃんですかこれは……!」


 小さな手でその「足跡書状」をそっと拾い上げ、しばらく見つめたあと、ぱっと表情が変わった。

「にぃに……! にぃにーーーっ!!」


 裸足のまま、バタバタと家の奥へ駆けていく。木の床がぎしぎし鳴る。


「にぃに、起きるのです! 大変なのです!」


 寝室の布団の中から、ルークが寝ぼけた声をあげた。

「……ミーナ? 朝っぱらからどうしたんだ……」


 ミーナは足跡書状を掲げながら、ぴょんぴょん飛び跳ねるようにルークの枕元に立った。

「にぃに! 猫たちが、いなくなっちゃったのです!! こんなものが残っていたのです!」


 ルークは半分眠そうな目で、それを受け取った。足跡のメッセージを読んで、眉をひそめる。

「……なるほど、これか」

 布団からゆっくり起き上がり、背伸びをしながら言った。

「どうやら、猫たちが自分たちで出かけたらしいな」


「ど、どこに行ったか分からないのです!」

 ミーナは小さな肩をぎゅっとすぼめ、今にも泣きそうな顔をしている。

「わたし、何も知らなかったのです……起きたらもう……いなくて……」


 ルークはそっと手を伸ばし、ミーナの頭をやさしく撫でた。

「大丈夫だ、ミーナ。あの子たちは勝手にどこかへ行ったんだろうけど、いつもちゃんと帰ってくる。心配しすぎるな」


「で、でも……」

 ミーナは唇をかみ、足元を見つめる。


「よし、とりあえず朝ごはんだ」

 ルークは立ち上がり、軽く伸びをした。

「腹が減ってると、余計に心配事ばかり考えちゃうからな。まずは食べて、落ち着こう」


 ミーナはしぶしぶうなずいた。

「……はい、なのです」


 二人は台所で簡単な朝食を取った。焼いたパンに、畑で取れた野菜のスープ。いつも猫たちが足元に集まってくる時間だが、今朝は静かだ。

 ミーナはスープを飲みながら、ちらちらと窓の外を見た。

「にぃに……あの子たち、どこに行ったのかなぁ……」


「分からないな」

 ルークはスープをすすると、わざと明るい声で言った。

「でも、何か珍しいものを見つけたら、きっと持って帰ってくるさ。あいつら、そういう顔してたもんな」


「……うん」

 ミーナは少しだけ笑顔になったが、すぐまた不安そうな目に戻った。


 朝食を終えた二人は、縁側に腰かけた。

 小さな畑の向こう、朝の風がそよそよと吹き抜けていく。猫たちが駆けていったであろう道筋も、今は静まり返っている。


「にぃに……」

 ミーナは足跡書状をぎゅっと握りしめたまま、ぽつりと言った。

「わたし、心配なのです。もし、あの子たちが危ないところに行ってたら……」


「分かってる」

 ルークは小さく笑い、ミーナの髪をくしゃっと撫でた。

「でもな、ミーナ。お前が心配するってことは、あいつらもミーナのことをちゃんと考えてるってことだ。だからこんな手紙、いや足跡を残していったんだろ」


「……そう、なのですか?」


「ああ」

 ルークは頷いた。

「ミーナのことが好きだから、ミーナに何かおみやげを持って帰ってこようとしてるんだろ。珍しいものを探して」


 ミーナは足跡書状を見つめ、少しだけ笑顔を浮かべた。

「……そうかもしれないのです」


 それでも、胸の奥の不安は消えない。

 ミーナは思わず言った。

「にぃに、わたし……追いかけたいのです」


 ルークは少し黙ってから、真剣な目でミーナを見た。

「追いかける、か……。でもどこに行ったか分からないし、俺たちが出て行ったら畑もどうするんだ?」


 ミーナははっとして、言葉に詰まった。

「……そ、そうなのです」


 ルークは立ち上がった。

「よし、父さんたちに相談してみよう。勝手に決めることじゃないしな」


 ミーナはぱっと顔を上げた。

「にぃに、家族会議なのですか?」


「ああ、そうだ」

 ルークは笑ってうなずいた。

「俺たちだけじゃ決められない。父さんも母さんも、ギャリソンさんもいるしな」


「ギャリソンさん、来てるのですか?」

 ミーナが目を丸くする。


「さっき納屋のところで見かけたよ。たぶん、また朝の見回りに来たんだろう」

 ルークは外を見ながら言った。


 ミーナは足跡書状を胸に抱きしめた。

「……にぃに、じゃあ、みんなに相談して決めるのです」


「そうしよう」

 ルークは笑った。


 小さな農家の一室に、柔らかい朝の光が差し込んでくる。

 猫たちが残した小さな足跡は、冒険の始まりを告げる印のように、まだほんのり温かかった。

 そして、ミーナとルークは家族みんなで集まり、猫たちを追いかけるべきかどうか――小さな会議を開くことに決めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ