猫たちの珍道中 ― 至高の○○を求めて
満月の夜、ミーナ・バオア・クーの秘密結社は静かに決議を下した。
「珍しいものを探し、ミーナに届けよう!」
クロの一声に、猫たちは一斉に「にゃーっ」と同意する。
かくして翌朝――まだミーナが寝ぼけ眼でパンをかじっているうちに、猫たちはこっそりと村を出ていた。
白猫のシロが軽やかに先を行き、三毛のミケは途中で草むらに飛び込み、なにやら虫を捕まえては得意げに披露する。灰色のブチは「ふん、そんなものより魚を見つけろ」と不満をこぼし、子猫たちはただわちゃわちゃと後をついてくる。
最初の難所は、村はずれの大きな麦畑だった。
黄金色の穂が風に揺れ、猫たちの体を覆うように広がっている。
「にゃん……まるで森みたいだにゃ」
クロが低く呟き、仲間たちはしばらく進む方向を見失ってしまった。
そこでシロがひょいと高い石垣に飛び乗り、真っ直ぐな道を発見する。
「こっちにゃ!」
皆で声を合わせて突進する姿は、まるで小さな軍隊だった。
山を下りると、深い谷が現れた。
そこに架かるのは、古びた木の吊り橋。
猫たちはしばし足を止める。風が吹くたびに揺れ、下を覗けば流れの速い川。
「これは……試練にゃ」クロが真剣な表情で言う。
一匹ずつ進むことになった。シロが先頭を歩き、ミケが後を追う。ブチは吊り橋の真ん中で「無理だにゃ!」と固まってしまったが、後ろから子猫が背中を押して進む。
ようやく渡りきったとき、空から奇妙な鳥が舞い降りてきた。
羽は虹色に輝き、尾羽が長く垂れている。
「にゃお……こんなの見たことないにゃ!」
鳥は「クェェ」と一声鳴き、猫たちの前をひらひらと飛んでいく。まるで道案内をするように。
猫たちは夢中でその後を追った。
鳥の導きで、
猫たちは森を抜け、川辺にたどり着いた。
清らかな水がさらさらと流れ、川底には銀色に光る魚影が泳いでいる。
「これはもう、ごちそうにゃ!」
シロが興奮して川へ飛び込もうとするのを、クロがしっぽで止めた。
「作戦を立てるにゃ」
猫たちは石の上に陣取り、魚を捕まえる方法を相談した。
シロは前足を水に突っ込み、ピシャンと跳ね返される。
ミケは水面に身を乗り出して「えいっ」と飛び込むが、あっさりと魚にかわされる。
ブチは「こういうのは待ち伏せが一番にゃ」と石の影に潜んでみたものの、結局魚は寄ってこなかった。
「にゃあああっ! 難しいにゃ!」
やがて、ミケが足を滑らせて川に落ちてしまった。
「にゃーーーっ!!」
慌ててシロが助けに飛び込み、クロもブチも次々と水に飛び込む。
だが――そのまま流れに呑まれた。
川は思った以上に流れが速かった。
猫たちは必死で泳ぐが、四方から水しぶきが上がり、視界がぐるぐると回る。
「にゃ、にゃがされるぅぅ!」
「にゃーーっ!」
そこへ大きな流木が流れてきた。
クロが素早く飛び乗り、「こっちにゃ!」と仲間を呼ぶ。
猫たちは次々とその上に飛び乗り、何とか一息ついた。
こうして、猫たちは思わぬ「川下りの船旅」を始めることになったのだ。
流木は揺れながらも安定して流れ、猫たちは「にゃー!」「楽しいにゃ!」と尻尾を振りながら景色を楽しんだ。
森の緑が流れ去り、鳥たちが驚いて飛び立つ。時折、魚が跳ねては船に落ちそうになり、猫たちが慌てて飛びかかる――しかし結局、魚の方が一枚上手だった。
どれほど流れただろうか。
やがて川の流れは広がりを見せ、潮の香りが漂ってきた。
「にゃ……これは……」
「しょっぱい匂いにゃ!」
猫たちは一斉に前を見た。
目の前に、広大な青い海が広がっていたのだ。
波が寄せては返し、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
猫たちの流木はそのまま波に乗り、海へと漕ぎ出してしまった。
「すごいにゃ! 川より大きいにゃ!」
「でも……どこに行くのにゃ?」
不安と興奮が入り混じる猫たちの心。
そのとき――。
岩場のある砂浜に、数匹の猫が姿を現した。
彼らは毛並みが艶やかで、どこか荒くれた雰囲気を漂わせている。
「おい、何者だ!」
「見ない顔だな!」
先頭に立つ大きな白黒模様の猫が、鋭い目つきで問いかけてきた。
クロが胸を張り、「我ら、ミーナ・バオア・クーの猫たちにゃ!」と名乗る。
「ミーナ・バオア・クー……? ふん、きっと山の猫だろ。ここは海の猫の縄張りだ。勝手に入るな!」
にらみ合う両者。
シロとミケは思わず尻尾を膨らませ、ブチは低く唸り声をあげる。
「戦うしかないにゃ!」
その言葉を合図に、海の猫たちが飛びかかってきた。
砂浜に爪が飛び、波しぶきがあがる。
クロは素早い動きで相手の背後を取り、シロは体当たりで相手を押し倒す。ミケは尻尾で砂を巻き上げ、ブチは力任せに相手をねじ伏せた。
戦いは激しかったが、やがて互いに疲れ果て、ぜーぜーと息をつきながら見合った。
「……やるな、お前たち」
白黒の猫が、口元を吊り上げた。
「山の猫にしては悪くない」
クロもまた、口角を上げる。
「お前たちも強いにゃ。認めるにゃ」
こうして、波打ち際の戦いはいつしか友情へと変わっていった。
戦いのあと、海の猫たちは陸の仲間を岩場の奥へと案内した。
そこには漁師の集落があり、魚を干している場所があった。
干された魚の中でもひときわ輝く、茶色く固い棒のようなもの。
「これが……至高の食べ物だ」
白黒の猫が誇らしげに言う。
「人間たちは“鰹節”と呼んでいる。香りも味も格別だ」
クロたちは一斉に鼻をひくひくさせ、目を輝かせた。
「すごい匂いにゃ……!」
「これぞ、ミーナに捧げる宝にゃ!」
海の猫たちは快く分け与え、「また来いよ」と別れを告げた。