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ルークの穏やかな一日

朝の空気はひんやりとして、夏の名残をわずかに残しつつも秋の訪れを思わせる清らかさがあった。鶏の鳴き声と、遠くで響く村の人々の掛け声に目を覚ましたルークは、大きく伸びをしてから布団を畳んだ。

「さて、今日も畑に出るとしようか」

そんな独り言を呟きつつ、顔を洗い、簡単な朝食をとる。今日の予定は特別なものではない。畑の手入れ、収穫、そして保存用の作業を進める。それだけだ。けれど、それこそがルークにとって最も大切で、最も心地よい日常だった。


朝露に濡れる畑は、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。麦の穂は順調に伸び、野菜たちは瑞々しい緑の葉を揺らしている。手を入れた分だけ応えてくれる畑を見渡して、ルークは自然と微笑んだ。

――この瞬間が、何よりも好きだ。


鍬を手に取り、草を抜き、土を耕す。額から汗が流れ落ちるたびに、働いている実感が心地よく体を満たしていく。時折、空を飛ぶ小鳥の影が畑に落ち、その声に耳を傾けながら手を動かし続ける。


そうして午前が過ぎるころ、視界の端に小さな影が揺れた。


「にぃーにぃーー!」

振り向けば、両手に包みを抱えたミーナが、ぱたぱたと駆けてくる。その後ろから、なぜか猫たちがわらわらとついてきていた。


「お昼持ってきたよー!」

「助かるな、ちょうどお腹が空いてきたところだった」

そう言ってルークは作業を切り上げ、大きな木陰に腰を下ろす。ミーナが広げた包みには、彩り豊かなおにぎりや煮物、ふんわりと焼かれた卵焼きが並んでいた。


「ミーナが作ったのか?」

「えへへ、ちょっとだけ! 猫たちも手伝ってくれたんだから!」

「にゃっ!」

「ふにゃー!」

……猫たちがどうやって料理を手伝ったのか、ルークは敢えて深く突っ込まないことにした。


二人と数匹は昼のひとときを楽しむ。風は心地よく、木漏れ日は穏やかで、食後の眠気が誘う。けれど、ルークは再び畑に戻った。夕暮れまでにやることはまだ山ほどある。


ミーナと猫たちは――なぜか村の方へと駆けていった。


***


その頃、村の広場では――。


「ミーナちゃん!? この樽は何だい!?」

「えっと……猫たちと一緒に遊んでたら、転がってきちゃって……!」

「にゃあ!」

「ふぎゃっ!」

転がり落ちてきた樽から飛び散る小麦粉。それを追いかけて猫たちは右へ左へ。村人たちが慌てて洗濯物を取り込む中、ミーナは真っ白な顔になって「ごめんなさい!」と頭を下げていた。


別の時には、川で水浴びをしていた子どもたちの浮き袋を、猫たちが「にゃんだこれー!」と持ち去ってしまい、慌ててミーナが走り回る羽目に。


そして午後、ミーナと猫たちはなぜか村の裏山で「幻の果実探し」を始めていた。

「にぃにが好きそうな甘い果実、探すんだよ!」

「にゃー!」

「みゃっ!」

……その結果、木に登って降りられなくなった猫を救出するために村人総出で梯子を持ち出すことになったのだが、もちろん畑にいるルークはその騒動をまったく知らない。


***


夕暮れ時。空が茜色に染まるころ、ルークは今日の作業を終えた。汗と土にまみれた手を井戸で洗い、ほっと一息つく。

「よし、今日もよく働いた」

ゆっくりと家に戻る道を歩きながら、沈みゆく夕日を眺める。空の色は金から朱へ、そして藍へと移り変わり、その美しさに思わず足を止めた。


「……いい一日だったな」

そう小さく呟いて、再び歩き出す。


家に帰ると、夕餉の香りが漂っていた。ミーナが「今日は特別に!」と笑顔で出してくれた料理は、どれも温かく、心に沁みる味だった。猫たちはその足元で丸くなり、どこか疲れ果てた様子で眠っている。


――なぜ猫たちがそんなにぐったりしているのか、ルークは気にもしなかった。


その夜、ランプの灯りの下で帳面をつけながら、ルークはふと振り返る。

「穏やかな一日だった」

父アベルは項垂れ(ミーナと猫たちの後始末)母レイナは微笑み。


そうして、ランプの灯りが小さく揺れる中、ゆっくりと目を閉じた。


***


けれど、村の誰もが知っている。

――その「穏やかな一日」の裏で、ミーナと猫たちが巻き起こした大騒動の数々を。

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