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決断の刻 ―クラウスの葛藤―

 王都グランフィード邸の執務室。

 クラウスは机の上に並べられた証拠品をじっと見つめていた。


 黒百合商会の刻印が押された木箱の破片。

 そこに刻まれた、見覚えのある貴族家の紋章。

 猫たちが拾い出した帳簿の断片には、不自然な金の流れと裏取引の記録。


 どれもが決定打に近い。だが――。


「……これを、どう扱うべきか」

 クラウスは深い吐息をもらした。


 窓から射す朝の光が、彼の横顔を鋭く照らす。いつもは泰然とした彼の顔に、今は珍しく陰が差していた。


 背後で控えていたギャリソンが、静かに口を開く。

「閣下、ここまで揃えば、王家へご報告すべきかと」

「わかっている。しかし……」


 クラウスは机に肘をつき、指先で額を押さえる。

「この紋章は……グランデール伯爵家。もしこれが真実ならば、ただの商会の摘発では済まぬ。王国の権力の均衡そのものに関わる」


 ギャリソンは重々しく頷いた。

「閣下の憂慮は理解いたします。しかし、放置すれば犠牲は増えるばかり」

「……ああ」


 クラウスの視線は帳簿の断片に落ちる。その記録には「供給先:孤児院」と書かれていた。薬草や食糧の名目で資金が流れ、だが実際には麻薬や禁制品の隠れ蓑になっていた。子供たちすら、利用されている。


「許せぬ……!」

 低く絞り出された声に、ギャリソンの背筋が震えた。


 その時、部屋の扉がノックされた。入ってきたのはアベルだ。

「兄上」

「アベルか」


 クラウスは短く返し、机の証拠品を手で示した。アベルはそれを一瞥し、すぐに顔を険しくする。

「……グランデール伯爵。やはりか」

「まだ確証と呼ぶには弱い。王へ報告すれば、王家と伯爵家の間に亀裂が走る可能性がある」


 アベルはゆっくりと歩み寄り、兄の肩に手を置いた。

「兄上。あなたはいつも重荷を一人で背負おうとする。しかし、これはグランフィード家の問題であり、同時に王国の未来に関わることだ。我らも共に背負うべきだろう」

「……」


 クラウスはしばし沈黙した。弟の言葉は重く、そして温かかった。


 窓の外から、庭で遊ぶミーナと猫たちの笑い声が聞こえる。畑に腰を下ろしたルークが「そっちは雑草! 食べられない!」と叫び、ミーナが「えぇっ、これ違うの!?」と大慌て。猫たちは「にゃはは!」と笑って転げ回っている。


 クラウスはその光景を思い浮かべ、胸の奥に強い感情を覚えた。

 守るべきものは何か――それは、あの笑顔だ。


「……わかった」

 クラウスはゆっくりと立ち上がった。

「王へ報告する。黒百合商会とグランデール伯爵の繋がり、その全てを」


 ギャリソンが深々と頭を垂れる。

「御意」

 アベルもまた、微かに微笑んで頷いた。


 クラウスは決然とした瞳で前を見据える。

「たとえ王国を揺るがす嵐となろうとも――見て見ぬふりなど、我が家の誇りが許さぬ」


 重苦しい空気の中、しかしそこには確かな決意があった。


 次なる舞台は、王城。

 証拠を抱え、クラウスは王の御前へと進む。


――それは、王都を震撼させる真実の始まりであった。

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