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王妃、畑に脱走す!

 そのころ、王宮の一角――王妃の私室。

 煌びやかなドレスをまとったエリザベート王妃は、いつになく真剣な表情で王を問い詰めていた。


「あなた……ミーナちゃんが王都に来ているらしいわね?」


 唐突な問いに、国王は手にしていた文書を落としそうになった。

「そ、そうらしいな。クラウスが連れてきていると聞いたが……」


「なぜ私に報告がないの!?」

 王妃の瞳がきらきらと輝き、しかし迫力は雷鳴のごとくであった。


「い、いや……別に隠していたわけでは……」

 国王は冷や汗をかきながら言い訳する。


 だが王妃は容赦ない。

「いますぐ、会いに行きます!」


「えっ!? 王妃自ら!? 待て、エリザベート!」


 制止の声も空しく、王妃は侍女に合図を送り、すでに外出の支度を整えさせていた。

「目立たない馬車で行けば大丈夫よ。問題ないわ!」


 しかし、用意されたのは――どう見ても王家の紋章が煌めく、豪奢な装飾の馬車であった。

控えめにしたつもりでも、庶民から見れば十分に「王妃が通る」とわかる代物だ。


 こうして、王妃の“脱走馬車”は城門を後にした。

王城の執務室では、頭を抱える国王の呻き声が響く。


「……ああ、また勝手に……! 王妃が脱走とは、どう説明すればよいのだ……」


***


 グランフィード家王都邸。

 庭の一角で土まみれになりながら畑を耕すミーナの耳に、突然のざわめきが届いた。


「お嬢様! 大変です! 王家の馬車が……!」


 使用人たちが慌ただしく走り回る中、ひときわ華やかな声が響いた。


「ミーナちゃぁぁぁん!!」


 飛び跳ねるように降りてきたのは――王妃エリザベートである。

 金の髪が朝日に輝き、紅いドレスの裾をふわりと揺らしながら、両腕を広げて庭に駆け込む。


「エリザベートさまっ!」

 ミーナは一瞬驚くも、すぐに笑顔になり、ドタドタと駆け寄った。

 猫たちも「にゃあ!」と鳴き声を上げ、まるで歓迎しているかのようだ。

「エリザベートさま、どうしてここに?なのです」

「えへへ、ミーナちゃんに会いたくて脱走してきちゃった」


 エリザベートは膝を曲げてミーナを抱き上げると、嬉しそうにくるくると回った。

「ああ! あなた、本当に小さくて可愛いわねぇ!」

「えへへ……」

 ミーナは顔を赤らめながらも、王妃の腕の中で嬉しそうに笑った。


 一方、ルークは思わず鍬を握ったまま突っ立った。

(……ちょっと待て、王妃が庭に脱走って……何事だ)


 使用人たちは頭を抱える。

「これは……許されるのか……」

 猫たちは器用に王妃の足元を飛び回り、ドレスの裾にじゃれつく。

 王妃は笑いながら猫たちの頭を撫でる。

「まあ、かわいい子たち! あなたたちもお手伝いしているのね!」


***


 王妃の登場は、敷地内の秩序を完全に破壊した。

 ルークは仕方なく鍬を置き、エリザベートの世話をしつつ、猫たちを追いかける。

 ミーナは嬉々として王妃と遊び、畑の土に小さな足跡を残した。


 王妃はふと庭を見回し、両手を腰に当てる。

「ルークさん、これは……本当に畑なの? あらあら、あなたの作物、こんなに大きくなるのね!」

 ルークは苦笑し、猫たちもそわそわとその様子を見守る。


「おや、ここに来るとは……」

 クラウスが玄関から顔を出した。渋い表情で、だが少しだけ目を細める。

「王妃が……畑に脱走するとはな」


 王妃はクラウスに気づくと、手を振りながら叫ぶ。

「クラウスさん! 一緒に遊びましょう!」

「……遊び……ですか」

 クラウスは額に手を当て、深くため息をつく。

そして周りを見渡しながら『ギャリソンめ逃げたか……。』


***


 その後の庭は、まるでお祭りのようになった。

 ミーナと王妃は土を触り、猫たちは王妃のドレスにじゃれつき、ルークは半分呆れつつも、作物を守るために鍬を握る。

 クラウスは遠目から状況を観察し、冷静さを失わないよう努めたが、心の中では微笑みを抑えきれなかった。


「……こんな日が、ずっと続けばいいのに」

 ルークは小声で呟く。ミーナの無邪気な笑顔、猫たちの動き、王妃の奔放さ。

 ――これが、家族と友のいる日常なのだと、改めて思い知った。


 しかし、王都の街中では、黒き影がじわりと忍び寄っていた。

 グランデール伯爵の名はまだ露見していない。だが、その手は確実に、王都の小さな平穏を脅かそうとしていた。


***


 王妃は土に足を踏み入れ、嬉しそうに「ルークさん、ここの土はいい匂いね!」と叫んだ。

 ミーナは小さな芽を指さし、王妃に見せる。

「ほら、見て! にんじんが芽を出したよ!」


 王妃は目を輝かせ、両手を広げて笑った。

「まあ! なんて可愛らしいの! 私も手伝うわ!」


 こうして、王都邸の庭は、王妃とミーナ、ルーク、そして猫たちの無秩序なエネルギーに満ちた一日となった。

 まるで嵐の前の静けさを忘れさせるかのように――だが、その背後には確かに、忍び寄る陰があったのだ。

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