王都に忍び寄る影と農園の午後 伍
王都の倉庫街は夜の帳に包まれ、街灯の淡い光が石畳をかすかに照らす。
静寂の中、ルークとミーナはクラウス、ギャリソンとともに一列になって歩いていた。
猫たちは影のように先行し、壁際や屋根の上で周囲を見張る。
「……子供の失踪は、偶然のものではない」
クラウスの低い声が夜の空気を震わせる。
「背後に、確固たる“意志”を感じる。単なる流れ者や盗賊ではない」
ルークはその言葉に背筋を伸ばす。
ミーナは小さな手で叔父の袖を握り、「おじさま……怖いよ」と震え声を漏らす。
クラウスはそっと頭を撫で、冷静に前を見据えた。
ギャリソンは猫たちの動きを追いながら、低く呟く。
「倉庫群の奥に、子供たちの気配があります。猫たちの反応も、ここが本拠に近いことを示している」
猫たちは普段の気ままな振る舞いを封じ、まるで情報員のように緊張した動きを見せる。
黒猫クロは古びた扉の下に鼻を突っ込み、白猫シロは屋根の上から小さく鳴き声を上げ、三毛猫は角の陰に潜んで目を光らせた。
ルークはその姿に思わず息を呑む。
「……猫が真面目にやると、すごく頼もしいな」
ミーナも小さな体を震わせながら、「にぃに、クロがここだって言ってるよ」と指差す。
ギャリソンは微かに笑みを浮かべ、細い手で路地の角を指し示した。
「おそらく、あの倉庫の中です」
クラウスは頷き、低く声を落とす。
「よし……慎重に行く。先に突入するのは猫たちの感覚を信じる。ルーク、ミーナは私の背後に」
ルークは妹の手をぎゅっと握り、二人はクラウスの後ろについた。
猫たちは先導役として細い通路を駆け抜ける。
ギャリソンは猫たちの位置と動きを的確に把握し、ルークたちに小さく指示を出す。
「左の壁沿いに寄れ。足音を立てずに移動する」
「屋根の上も注意して。目視できる範囲を確保」
倉庫街の空気は一層冷たく重くなり、夜風にわずかな物音が混じる。
遠くで子供のすすり泣きか、微かな声が聞こえた気がした。
ミーナが小さく顔を伏せる。
「にぃに……聞こえた?」
ルークは首を振る。「気のせいかもしれない。でも油断はするな」
クラウスは鋭い眼差しで周囲を見渡し、声を落とした。
「奴らも気配を消そうとしている。ここから先は一歩も間違えれば、子供たちに危険が及ぶ」
ギャリソンは手を伸ばし、猫たちと目配せをする。
「ここで猫たちの感覚を最大限に活用します。慎重に進め」
猫たちはそれぞれの役割を理解しているかのように、音を立てずに散開し、微かな異変に反応する。
ルークは妹の肩を抱き、低く囁いた。
「大丈夫だ、ミーナ。おじさまとギャリソン、そして猫たちがいる。俺たちも負けない」
ミーナは小さく頷き、勇気を振り絞るように前を見た。
倉庫の陰から、微かに人影が見える。
ギャリソンの指が静かに差し示す。
「ほら、あの扉の向こうです。子供たちの居場所──アジトは間違いない」
クラウスは目を細め、唇を引き結んだ。
「……ここから先は、一瞬の判断が全てを左右する。覚悟はいいか」
ルークとミーナは互いに頷き、猫たちが前方の安全確認を続ける。
ギャリソンも静かに刃の位置を確認し、緊張感が倉庫街を覆った。
──月明かりの下、影と光が交錯する中、ルークたちと猫たち、ギャリソン、そしてクラウスのチームは、いよいよアジト発見直前の緊迫した空気の中で息を潜めた。