王都に忍び寄る影と農園の午後 弐
夜の帳が落ちた王都エルデン。
煌びやかな街灯が照らす中央通りを一歩外れると、そこには闇と臭気が支配する裏路地が広がっていた。
ギャリソンは黒衣に身を包み、物音を立てぬよう路地裏を歩む。
彼の目は闇に慣れ、耳は小さな足音さえも聞き逃さない。
(子供が消える――。偶発ならまだしも、これほど頻繁に起こるのは異常ですね)
角を曲がると、泣きはらした母親が壁にすがっていた。周囲の人々は冷ややかに通り過ぎていく。ギャリソンは足を止め、静かに声をかける。
「……お子さんが?」
母親は、はっと顔を上げると、泣きじゃくりながら首を縦に振った。
「目を離したほんの一瞬で……っ。誰も、助けてくれないんです……」
ギャリソンは小さく頷き、言葉少なに慰めてその場を離れた。
(目撃者はいない。だが――)
闇の奥から、ギィ……と鉄の軋む音がした。
耳を澄ますと、路地のさらに奥、古びた倉庫の扉が開閉した気配がある。
(怪しい…)
ギャリソンは影のように忍び寄り、壁に身を潜めて中を覗いた。
そこには、粗末な外套を羽織った男たちが数人、麻袋のようなものを担いでいる姿が見えた。袋の中からは、小さな呻き声――。
(……やはり、これは“偶然”ではない)
目の奥が冷たく光り、ギャリソンは心の中でクラウスに報告すべき情報をまとめた。
◆ ◆ ◆
そのころ農園では――。
「にぃに! 今日から私は『野菜探検隊』の隊長です!」
ミーナが宣言し、頭にはキャベツの葉っぱで作った兜。手には長ネギを槍のように構えていた。
猫たちは、それぞれトマトやナスを背負わされ、どうやら「隊員」の役らしい。
「シロ隊員、前進! クロ隊員、左を見張れ!」
「ミャッ!」
「にゃう!」
まるで通じ合っているかのように猫たちが動き、ミーナは胸を張って畑を進む。
ルークは呆れ顔で鍬を置いた。
「お前たち……畑を荒らすんじゃないぞ」
「だいじょうぶだよ、にぃに! 探検隊は世界を救うんだから!」
その瞬間――。
「ズボッ!」
ミーナの足が、掘りかけの畝にすっぽりはまった。
「きゃーっ! 罠にかかったぁぁ!」
猫たちが一斉に飛びつき、ミーナの周囲をぐるぐる回り始める。まるで「救助活動」のつもりらしい。
土ぼこりが舞い上がり、ミーナは顔じゅう泥だらけ。
「にぃに! 探検隊、ピンチ!」
ルークは額を押さえ、苦笑しながら妹を助け出した。
「……お前の冒険は、毎日波乱万丈だな」
◆ ◆ ◆
王都、クラウス邸。
夜半、ギャリソンが戻り、静かに膝を折った。
「ご報告いたします。失踪した子供たちは、何者かに“組織的”に連れ去られております。目撃した倉庫にて、子供を運び込む姿を確認いたしました」
クラウスの瞳が鋭く光る。
「……やはりか。目的はまだわからぬか?」
「申し訳ありません。ただ……運び込まれた後、子供の声はすぐに消えました。生死は不明」
室内に重苦しい沈黙が落ちた。
クラウスはゆっくり椅子から立ち上がり、窓越しに月を見上げる。
「王都に、陰が差し始めた……。この件、放置はできん。表に出れば民心は乱れる。だが、動かねば子供たちの未来が失われる」
ギャリソンは頭を垂れた。
「次は、内部に潜入して真実を突き止めます」
クラウスは頷き、低く言った。
「……頼んだぞ。お前の目に、この王都の行く末が懸かっている」
◆ ◆ ◆
農園の夜。
お風呂から上がったミーナは、パジャマ代わりに布に包まれ、猫たちと布団に転がっていた。
「にぃに、今日は大発見だったよ!」
「何を発見したんだ?」
「畑の土は、あったかくて気持ちいいってこと!」
無邪気な笑顔。
ルークは、妹の額にかかった髪をそっと撫でる。
「……お前は、本当に平和の象徴みたいだな」
どこかで暗い事件が進んでいようとも、この小さな農園には笑顔が満ちている。
ルークはその幸福を胸に刻みながら、静かに灯を消した。
――だが同じ夜、王都の裏路地では再び子供の泣き声が闇に呑まれていた。
◆ ◆ ◆
こうして、
**「王都に広がる不穏」と「農園の日常の温もり」**は、互いに交わることなく並行して進んでいく。
しかしやがて――この二つの世界は、否応なく交差することになるのだった。