表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

229/256

王都に忍び寄る影と農園の午後 弐

夜の帳が落ちた王都エルデン。

煌びやかな街灯が照らす中央通りを一歩外れると、そこには闇と臭気が支配する裏路地が広がっていた。


ギャリソンは黒衣に身を包み、物音を立てぬよう路地裏を歩む。

彼の目は闇に慣れ、耳は小さな足音さえも聞き逃さない。


(子供が消える――。偶発ならまだしも、これほど頻繁に起こるのは異常ですね)


角を曲がると、泣きはらした母親が壁にすがっていた。周囲の人々は冷ややかに通り過ぎていく。ギャリソンは足を止め、静かに声をかける。


「……お子さんが?」


母親は、はっと顔を上げると、泣きじゃくりながら首を縦に振った。

「目を離したほんの一瞬で……っ。誰も、助けてくれないんです……」


ギャリソンは小さく頷き、言葉少なに慰めてその場を離れた。

(目撃者はいない。だが――)


闇の奥から、ギィ……と鉄の軋む音がした。

耳を澄ますと、路地のさらに奥、古びた倉庫の扉が開閉した気配がある。


(怪しい…)


ギャリソンは影のように忍び寄り、壁に身を潜めて中を覗いた。

そこには、粗末な外套を羽織った男たちが数人、麻袋のようなものを担いでいる姿が見えた。袋の中からは、小さな呻き声――。


(……やはり、これは“偶然”ではない)


目の奥が冷たく光り、ギャリソンは心の中でクラウスに報告すべき情報をまとめた。


◆ ◆ ◆


そのころ農園では――。


「にぃに! 今日から私は『野菜探検隊』の隊長です!」


ミーナが宣言し、頭にはキャベツの葉っぱで作った兜。手には長ネギを槍のように構えていた。

猫たちは、それぞれトマトやナスを背負わされ、どうやら「隊員」の役らしい。


「シロ隊員、前進! クロ隊員、左を見張れ!」


「ミャッ!」

「にゃう!」


まるで通じ合っているかのように猫たちが動き、ミーナは胸を張って畑を進む。

ルークは呆れ顔で鍬を置いた。


「お前たち……畑を荒らすんじゃないぞ」


「だいじょうぶだよ、にぃに! 探検隊は世界を救うんだから!」


その瞬間――。

「ズボッ!」


ミーナの足が、掘りかけの畝にすっぽりはまった。

「きゃーっ! 罠にかかったぁぁ!」


猫たちが一斉に飛びつき、ミーナの周囲をぐるぐる回り始める。まるで「救助活動」のつもりらしい。

土ぼこりが舞い上がり、ミーナは顔じゅう泥だらけ。


「にぃに! 探検隊、ピンチ!」


ルークは額を押さえ、苦笑しながら妹を助け出した。

「……お前の冒険は、毎日波乱万丈だな」


◆ ◆ ◆


王都、クラウス邸。

夜半、ギャリソンが戻り、静かに膝を折った。


「ご報告いたします。失踪した子供たちは、何者かに“組織的”に連れ去られております。目撃した倉庫にて、子供を運び込む姿を確認いたしました」


クラウスの瞳が鋭く光る。

「……やはりか。目的はまだわからぬか?」


「申し訳ありません。ただ……運び込まれた後、子供の声はすぐに消えました。生死は不明」


室内に重苦しい沈黙が落ちた。

クラウスはゆっくり椅子から立ち上がり、窓越しに月を見上げる。


「王都に、陰が差し始めた……。この件、放置はできん。表に出れば民心は乱れる。だが、動かねば子供たちの未来が失われる」


ギャリソンは頭を垂れた。

「次は、内部に潜入して真実を突き止めます」


クラウスは頷き、低く言った。

「……頼んだぞ。お前の目に、この王都の行く末が懸かっている」


◆ ◆ ◆


農園の夜。

お風呂から上がったミーナは、パジャマ代わりに布に包まれ、猫たちと布団に転がっていた。


「にぃに、今日は大発見だったよ!」

「何を発見したんだ?」

「畑の土は、あったかくて気持ちいいってこと!」


無邪気な笑顔。

ルークは、妹の額にかかった髪をそっと撫でる。


「……お前は、本当に平和の象徴みたいだな」


どこかで暗い事件が進んでいようとも、この小さな農園には笑顔が満ちている。

ルークはその幸福を胸に刻みながら、静かに灯を消した。


――だが同じ夜、王都の裏路地では再び子供の泣き声が闇に呑まれていた。


◆ ◆ ◆


こうして、

**「王都に広がる不穏」と「農園の日常の温もり」**は、互いに交わることなく並行して進んでいく。

しかしやがて――この二つの世界は、否応なく交差することになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ