お野菜ドレスで舞踏会 前編
ミーナは畑の真ん中で、両手を腰にあて、きらきらした目で叫んだ。
「できたぁぁっ! ミーナのドレス、にぃに見て見てっ!」
ルークはすぐ後ろで収穫したかごを抱えたまま、そっと額を押さえる。
そこに立っていたのは、まごうことなき“野菜ドレス”姿のミーナだった。
胸元には、真っ赤に熟れたトマトがきらめくように縫い付けられている。腰のあたりにはキュウリがぐるりと巻き付けられてベルトのようになり、スカート部分はレタスが幾重にも重ねられて、ふわりとした緑のひだを作り出していた。
それだけでも驚きなのに、肩口にはピーマンが飾りのようにぶらさがり、足元には小さなニンジンを紐で結んでリボン風にしている。
頭には――なぜかキャベツ。
「ど、どう? ミーナ、きょうは畑のお姫さまなんだよ!」
「……いや、どうって言われてもな」
ルークは一瞬、言葉を失った。八歳の妹が野菜で作ったドレスを着て、誇らしげに胸を張っている姿は、あまりに突拍子もなく、けれども、やけに似合っているから困る。
「にぃに、かっこいい? かわいい? すっごーく似合ってる?」
「……似合ってるは似合ってる。けどなあ」
「やったぁっ!」
ミーナは両手を広げてくるりと回った。レタスのスカートがひらりと舞い、ニンジンのリボンが軽やかに揺れる。
――これは、もうどう見ても畑の女神。
ルークは言葉に出さなかったが、胸の奥でそう思ってしまう自分がいた。
そこへ、アニーとリックが駆けてきた。
「わあっ! なにそれっ! ミーナちゃん、すっごくきれい!」
「……お姫さま、なの?」
アニーは目を丸くして歓声を上げ、リックは無表情ながらも興味津々に首を傾けている。
「そう! これはお野菜ドレス! ミーナね、今から舞踏会にいくのです!」
「舞踏会?」
「そうっ! 畑のお姫さまたちが、ぜーんぶ集まって、楽しくおどるんだよ!」
アニーの目がさらにきらきらした。
「わたしもやりたい! お野菜ドレス着たいっ!」
「じゃあね、アニーには――」
ミーナはすぐに畑を駆け回り、黄色いカボチャを抱えて戻ってきた。
「じゃじゃーんっ! アニーはこのカボチャをスカートにするといいよ!」
「ええっ、こんなに大きいの?」
アニーは思わず両手で抱え込んだ。腕いっぱいのカボチャはずっしりと重く、彼女はふらふらしながらも笑顔を浮かべている。
「うんっ! ほらね、こうやって腰のあたりに結んで……」
ミーナは手早く、畑に転がっていた紐でカボチャを腰に巻きつけた。
「これでアニーは“カボチャ姫”なんだよ!」
ぱあっとアニーの顔が輝く。
「わあっ! 本当にドレスみたい! 見てリック、すごいでしょ!」
呼ばれたリックは無表情のまま、じっと姉の姿を眺めてから、こくんと小さくうなずいた。
「……お姫さま」
「でしょでしょ!」アニーはくるりと回り、カボチャがごろんと音を立てるたびに大笑いした。
「じゃあ、リックもなにかつけよう!」
ミーナは目をきらきらさせて弟に向き直る。
「……ぼくも?」
「そうだよ! 舞踏会は、みんなでおどらなくっちゃ!」
リックは少し考え込むように視線を落とし、それから畑の隅に並んだ野菜の山をじっと見た。
やがて、すっと歩み寄って――。
「……これ」
手に取ったのは、つややかなナスだった。二本を握りしめると、まるで剣を構えるかのようにきゅっと腕を上げる。
「リックはナスの王子さまなのです!」ミーナがぱんっと手を打つ。
「ええーっ、おもしろーい!」アニーも大喜び。
リックは少しだけ頬を赤らめ、けれども満更でもなさそうにナスを構え直した。
ルークはその様子を腕を組んで見ていた。
「……なんだか、もう収穫祭どころじゃなくなってきたな」
だが、目の前で大はしゃぎしているミーナの姿を見ると、どうしても口元がゆるんでしまう。
小さな体で一生懸命に胸を張り、レタスのスカートをひらひらと揺らしながらくるくる回る。
そのたびに猫たちが「にゃあっ!」と合いの手を入れ、アニーは手を叩き、リックはナスの剣を振って守護騎士らしく立ち回る。
「舞踏会って、こんなに騒がしいもんだったか……?」
ルークは額を押さえた。
ミーナは得意げに両手を広げる。
「ようこそ! お野菜舞踏会へっ!」
「わー!」アニーが大歓声をあげ、リックは無言で頷く。
猫たちは勝手に役割を決めはじめていた。
シロは楽団長よろしく、トマト箱を叩いて太鼓代わり。
クロはどこからか拾ってきた草笛をくわえ、ひゅるる〜と音を鳴らす。
他の猫たちも、カゴや枝を叩いて楽器代わりにし、即席の楽団が編成されてしまった。
「音楽はばっちりだねっ!」
ミーナは満足そうにスカートを広げ、くるりと回って見せた。レタスの葉がふわりと広がり、胸元のトマトがぴょんと跳ねる。
「ほんとに舞踏会みたい……!」
アニーは手を叩いて歓声を上げた。
「……お姫さま、だ」
リックが小さな声でつぶやく。その手には、まだナスの剣がしっかりと握られていた。
猫楽団がリズムを刻み始めると、ミーナはアニーの手を取り、堂々とした足取りで踊り出す。
「お姫さまはね、こうやっておどるの!」
「うんっ!」
アニーも負けじとステップを踏む。
二人の周囲を、猫たちがぴょんぴょん跳ね回る。シロは太鼓を叩く手を休めてはミーナの足元にすり寄り、クロは草笛を吹きながらアニーのスカートをふみふみ。
「にゃ〜お! もっと速くにゃ!」
「にゃっ、にゃっ、にゃっ!」
楽団のテンポはだんだん速くなり、踊りもますます賑やかになっていく。