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空の旅と宝の入手

それは、ある夏の午後のことだった。

 真っ青な空に白い雲が流れ、畑の作物たちが陽の光を浴びてぐんぐんと育つ。ルークは農具を手に、いつものように畑で作業をしていた。額に浮かぶ汗を拭いながら、麦の穂を見上げる。


「よし、今年も豊作だな」


 そんな兄の声を、すぐ隣で聞いていたのは八歳の少女――ミーナだった。金色の髪が陽に透け、丸い瞳がきらきら輝いている。両手で抱えた籠の中には、摘み取ったばかりのトマトが山のように積まれていた。


「にぃに! みてみて! こんなにいっぱいとれたよ!」

「おお、ミーナ。よくやったな。……っと、こらこら、走ると籠を落とすぞ」


 小さな足で駆け寄るミーナを、ルークは苦笑しながら受け止めた。その肩には、三匹の猫たちが並んで座っている。灰色の長毛猫、茶色の縞猫、そして真っ白な小さな子猫。彼らはミーナにとって兄同然の存在であり、ルークにとっても家族のような相棒だった。


「にゃーん」

「みゃっ」

「ふみゃぁ」


 猫たちの鳴き声に、ミーナは楽しげに笑った。

 しかし――その時だった。


 ミーナが摘んでいたトマトの蔓のすぐそばに、妙な種が落ちていることに気づいた。きらきらと金色に光る、大きな豆のような種だ。


「……あれ? にぃに、これなあに?」

「ん? 種か? こんなの俺、蒔いた覚えはないぞ」


 ルークが手に取ると、ほんのりと温かく、掌の中で心臓の鼓動のように脈打っている。不思議なことに、猫たちまで種をじっと見つめているではないか。


「にぃにー、植えてみようよ!」

「いや、得体が知れないしな……」


 止めようとするルークだったが、ミーナは「えいっ」と元気いっぱいに種を畑の端に埋めてしまった。

 そして――。


 その瞬間、地面が震えた。


「うわっ!?」

「きゃあっ!」


 土がもこもこと盛り上がり、そこから太いツタが勢いよく伸び上がっていく。まるで天に届くかのように、ぐんぐん、ぐんぐんと。瞬く間に家よりも大きくなり、やがて雲の上へと突き抜けてしまった。


「にぃに……! あのツタ、空までいっちゃったよ!」

「こりゃ……ただの豆じゃなかったな」


 驚きつつも、ルークの心に冒険心が芽生える。

 そして、ミーナが無邪気にルークの手を握った。


「にぃに、いこう! あの上、なにがあるのか見てみたい!」

「はぁ……お前って子は。危ないから、絶対俺から離れるなよ」


 猫たちも「にゃー!」と賛成するように鳴く。

 こうして――ルークとミーナと猫たちの空の旅が始まった。


◆ ◆ ◆


 ツタは太く、枝分かれした部分は足場のようになっていた。ルークは片手でミーナを背負い、もう片方の手で猫たちを抱えながら慎重に登っていく。


「にぃに、すごーい! まるで鳥さんになったみたい!」

「お前は楽しそうでいいな……。落ちたらただじゃ済まないんだぞ」


 息を切らしながらも登り続けるルーク。その横で猫たちが器用に爪を使ってツタをよじ登っていく。


 どれほど時間が経っただろう。やがて三人と三匹は雲の上へと抜け出した。


 そこには――想像を絶する光景が広がっていた。


 白銀の雲の大地が果てしなく広がり、空の彼方には虹がかかっている。そして、その中央に巨大な屋敷がそびえ立っていた。石造りの門、そびえ立つ塔、煙突からは煙がのぼっている。


「お、おっきいおうち……!」

「人が住んでるのか? いや、あれは……」


 門の脇には、信じられないほど大きな足跡があった。人の何倍もある足跡。

 ルークは思わずごくりと唾を飲み込む。


「にぃに……。これ、だいだいだい……だいおとこさんの足あと?」

「……かもしれんな」


 恐怖を感じつつも、好奇心が勝ったのか、ミーナは小さな手をぎゅっと握って進もうとする。猫たちも臆することなく、ひょいひょいと門をくぐっていった。


◆ ◆ ◆


 屋敷の中は薄暗く、天井は見上げても届かないほど高い。家具も食器も何もかもが巨人サイズで、ミーナが横に並ぶとまるでおもちゃのように見える。


 そして――テーブルの上に、それはあった。


 一袋の金貨、光り輝く小さなニワトリ、そして弦を持たないのに自ら音を奏でる不思議なハープ。


「わぁぁ! きんぴかのコインがいっぱい!」

「ミーナ、静かにしろ! 誰かに見つかったら……」


 その時だった。

 地の底を揺るがすような大きな足音が響いた。


 ドン……ドン……ドン……。


「……うぅぅ、きたぁぁ……!」

「隠れろ!」


 ルークはミーナと猫たちを食器棚の影に押し込み、自らも身を潜める。

 やがて現れたのは――巨人だった。


 山のように大きな体、岩のような腕、目はぎょろりと光り、手に持った杖はまるで大木のよう。屋敷を揺らすほどのいびきをかきながら、巨人は椅子に腰を下ろすと、金貨の袋を数えはじめた。


「フィー、ファイ、フォー、ファム……。

 わしの家に小さきものの匂いがするぞ……」


 ルークとミーナは固まった。

 巨人の鼻がひくひくと動き、ゆっくりとこちらへ振り向く。


「にぃに……ばれちゃう……!」

「しっ……大丈夫だ。今は……まだ動くな」


 猫たちまで息をひそめる。


 巨人はしばらく鼻を鳴らしたが、やがて「気のせいか」と呟いて再び椅子に戻った。そして食べきれないほどの肉をむしゃむしゃと頬張り、やがて眠り込んでしまった。


 ――チャンスだ。


 ルークはミーナに目で合図し、猫たちと忍び寄る。

 金貨の袋をひとつ、そっと抱え上げる。重さに腰が抜けそうになったが、なんとか持ち上げた。


「にぃに、はやく……!」

「よし、引き上げるぞ」


 こうしてルークたちは、巨人が眠る間に宝を手に入れ、屋敷を抜け出すことにした。


 だが――これがさらなる試練の始まりであることを、彼らはまだ知らなかった。


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