ルークのリベンジ編 ~赤い宝石への帰還~
ミーナが見事な野菜を育て上げた日の余韻がまだ畑に漂っている。
ルークは、頭を抱えながら土を眺めていた。
――自分の努力は一体どこへ行ったのだろうか。
平和を願った転生者の畑は、なぜこうも異形の作物に囲まれるのか。
心中で呟く。「これじゃ、俺はいつまでたっても普通の農夫になれない……」
しかし、ルークは決心した。
ここで終わりじゃない。リベンジだ。
ミーナに負けてばかりはいられない。まずは、初心に帰ろう。
赤くて宝石のような、甘く美しいトマト――あの頃の自分の原点。
そこから、そこへ帰ろう。
ルークは深く息を吸い込み、鍬を握った。
猫たちは、まだ畑に残る奇怪な作物の間をひょこひょこと歩き回っている。
ジルが土をかき分け、モモが小さな葉っぱにじゃれつく。
ルークは「また何かやらかすんじゃないか」と心配になりつつも、目の前の畑に集中した。
◆
まずは耕す。
土を柔らかくし、雑草や根を取り除く作業は地味だが基本の基本だ。
「ここは太陽がよく当たる……」
彼はミーナに教わった(元は自分が教えた)ことも思い出しながら、丁寧に畝を作る。
次にトマトの苗を植える。
小さな根をそっと土に埋め、軽く押さえ、添え木で支える。
「これで、あの赤い宝石がまた帰ってくる……」
ルークの目に、ほんのわずかだが期待の光が宿った。
しかし――。
猫たちが黙っているはずもなかった。
モモがちょこんと飛び乗り、土をかき混ぜ始める。
ジルは葉っぱの間をくぐり抜け、苗の上でくるりと回転。
「やめろ、やめろ! そこは俺の苗だ!」
ルークは必死に猫たちを追い払い、添え木を直す。
だが、次の瞬間――
「にゃっ(こっちも植えるのにゃ)」
ジルが背中に小さな種を抱え、勝手に土に植え込む。
ルークは絶叫した。
「な、なんだその苗はぁぁぁぁ!!」
猫たちが植えたのは、どこか見覚えのある形……巨大化する可能性が大いにありそうな野菜の苗。
彼は頭を抱える。
「……ああ、またか」
こうして、ルークの“リベンジ作戦”は、早くも波乱の兆しを見せ始めていた。
◆
翌日。
ルークは朝日とともに畑に出た。
添え木はしっかり立ち、トマトの苗は健やかに伸びている――と思いきや、猫たちが植えた謎の苗も、にょきにょきと芽を出していた。
「これは……また巨大化するフラグだな」
ルークはため息混じりに呟く。
猫たちはというと、朝から大忙しだ。
ジルは土を蹴散らして走り回り、モモは新しい苗の周りを回って踊る。
「ちょっと、何やってんだ!」
ルークは駆け寄るが、猫たちはまるで彼の声を無視している。
そこへミーナがやってきた。
両手に小さなジョウロを抱え、満面の笑み。
「にぃに、私もお手伝いするの!」
それは、純粋に嬉しい言葉だった。
ルークは少し戸惑いながらも、心の中で苦笑する。
――本当に、俺は何やってるんだ……。
だが、その可愛さに胸がぎゅっとなるのも事実だ。
◆
数日後。
赤い宝石のトマトは順調に育った。
だが、猫たちが植えた謎の苗も、日々大きくなっていく。
葉っぱが光を反射し、風に揺れるたびに不思議な音を立てる。
ルークはつぶやく。
「やっぱり、平和な畑はないのか……」
その時、猫たちがまた動き出した。
ジルがトマトの苗の間を縫うように飛び、モモは土を蹴り上げて小さな砂嵐を作る。
「……いい加減にしろ!」
ルークは両手で頭を抱え、土を見つめて座り込む。
その姿は、まるで戦場の将軍のようだった。
しかし、ミーナは楽しそうに笑っている。
「にぃに、見て! トマトも大きくなってきたよ!」
その声で、ルークの心は少し柔らかくなる。
猫たちの暴走を前に、ルークは思った。
――結局、俺の努力も、猫と妹の無邪気な力でどうにかなるんだな、と。
◆
ある夜。
畑に月明かりが差し込む。
赤い宝石のトマトは、まるで小さな光を宿しているかのように赤く輝く。
猫たちはその周りでくるくると回り、土を蹴散らし、葉を踏みながらじゃれ合う。
ミーナは小さな手で苗を抱き、満足そうに微笑んでいる。
ルークは息をつき、空を見上げた。
「……ま、いっか。今日も無事じゃないけど、悪くない」
そうつぶやくと、猫たちもミーナも、何事もなかったかのように駆け回る。
巨大化しそうな謎の苗を横目に、ルークは少しだけ未来に思いを馳せた。
(次こそ、普通の野菜で……いや、無理かもな……)
それでも、赤い宝石のトマトが揺れる度に、ルークの心は少しだけ落ち着くのだった。
猫たちの暴走も、ミーナの笑顔も、そしてこの奇妙な畑も――全てが、彼の平和の一部なのだと。
――畑は今日も賑やかで、ルークのリベンジ作戦はまだ始まったばかりだった。