ミーナの初めての野菜づくり!? にぃに涙の敗北
王都から少し離れた小さな村。その外れにある畑は、最近とみに村人たちの関心を集めていた。
理由はただひとつ――ルークの作物が、どうにも“普通じゃない”のだ。
「にゃぁああ! 逃げるにゃ!」「待てぇっ、コーン野郎!」
夜な夜な村中で繰り広げられる“歩くトウモロコシ追跡劇”はまだ記憶に新しい。
他にも、デカすぎて木みたいになったカボチャや、歌い出すキャベツ、踊るナス……。
果ては、猫たちそのものが畑に実った(!?)事件まであり、村人も半ば慣れ、半ばあきらめて「またルークの畑か」と肩をすくめるようになっていた。
だが当の本人ルークは切実に願っていた。
「……頼むから、平和な畑でいてくれ」
転生者としてこの世界にやってきた彼は、過労死した前世の反動で「のんびりスローライフ」を望んでいた。
だが畑仕事をしてもしても、実るのは怪奇な野菜たち。
なぜだ。土が悪いのか、気候か、それとも……。
そんなある日のこと。
「ね、にぃに!」
夕暮れの畑で、金髪をおさげにした八歳の幼女が、ぱっと両手を広げた。
妹のミーナだ。いつものようにエプロンドレスを着て、泥で少しだけ裾を汚している。
その顔は決意に満ち、瞳はキラキラと輝いていた。
「ミーナも、一人でお野菜を育てるのです!!」
その宣言は、ルークの心に雷のように落ちた。
「……は?」
「だって、にぃにの畑、すごいんだもん! 大きいのとか、踊るのとか、ねこが実るのとか!」
「いや、最後のは笑えねぇからな……」
ルークは額を押さえた。
だが、ミーナの真剣な眼差しは揺るがない。
「ミーナも、にぃにみたいにすごいお野菜、育てたいの!」
「すごいっていうか……あれは失敗というか……」
「にぃに、応援してね!」
無邪気に笑うミーナに、ルークは言葉を失った。
――可愛い。可愛すぎる。
気がつけば、両手を天に掲げて叫んでいた。
「可愛いぜマイシスターァァァ!!」
村の猫たちが一斉に飛び上がるほどの声量だった。
◆
こうして始まった「ミーナの初めての野菜づくり」。
ルークは最初、「まあ、子どもの遊びだし」と軽く考えていた。
だが――。
「にぃに、これ土ほってみたらふわふわだったよ!」
「おお……!?」
彼女は素手で土を掘り、柔らかいところを見つけては笑顔を向ける。
「ここは、お日さまがよくあたるの!」
「……日当たりを見て場所を選んでるだと……?」
さらには――。
「お水はね、ちょっとずつあげたほうがいいの!」
「どこで学んだ!?」
「ねこちゃんたちが言ってた!」
猫に教わったのかよ!? と突っ込みたい気持ちを必死にこらえるルーク。
それでもミーナは毎日せっせと畑に通い、歌を歌いながら水をやり、優しく土を撫で、芽吹いた苗に「おはよう」「がんばれ」と声をかけ続けた。
「……マジかよ」
ルークは、内心ざわつきを隠せなかった。
彼女のやり方は、どれも理にかなっていたのだ。
◆
日は出て沈みまた昇り、収穫の日がやってきた。
「にぃに! できたよ!!」
ミーナが抱えてきたカゴには――。
瑞々しいトマト、艶やかなナス、色鮮やかなピーマン、しゃきっとしたレタス。
どれも見事なまでに形が整い、香り立つほど新鮮で、美しかった。
まるで絵本や市場の見本にでも載せたくなるような“理想的な野菜”ばかり。
それを見た瞬間、ルークは絶叫した。
「な、なんでだよぉぉぉ!!」
彼が欲しかったのは、まさにこういう“普通でおいしい野菜”だった。
だが自分が育てれば奇怪なキメラ。妹が育てれば最高の実り。
「俺はいったい、何なんだ……!?」
ルークは膝から崩れ落ち、畑の土をぎゅっと握りしめた。
「やったぁ!」
ミーナは両手で大きなトマトを掲げ、満面の笑みを浮かべる。
猫たちも「にゃあ!」「うまそうにゃ!」と騒ぎながら群がってきた。
その光景は、まさに祝祭のようだった。
◆
村の人々も驚いた。
「これが……ミーナちゃんの畑!?」
「なんとまあ、きれいな野菜だこと!」
ルークの名は「奇妙な農園」で知られていたが、この日から「妹の方が才能ある説」が囁かれるようになる。
ルークは天を仰ぎ、涙をにじませながら心の中で叫んだ。
(俺の転生ボーナス……! 全部ミーナに持ってかれてんじゃねぇかぁぁぁ!!)
だが、その隣で野菜を両腕いっぱいに抱え、無邪気に笑う妹を見れば――。
「……まあ、いっか」
そんな風に思えてしまう自分もいた。
平和を望んだ転生者の畑には、今日も笑い声が絶えないのだった。