表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

216/258

歩くトウモロコシ

 リンリンと鈴菜が歌って踊った騒動から、しばらく日が経った。村はすっかり元の静けさを取り戻し、誰もが「今度こそ落ち着いた」と胸を撫でおろしていた――はずだった。


 ところが。


「ねえ聞いた? 夜の畑でね、足の生えたトウモロコシが歩き回ってるんだって!」

「まさかあ。誰かの見間違いでしょ」

「でも、猫たちが追いかけてたってよ?」


 そんな噂が流れ始めたのは、晩夏の涼しい風が吹くころだった。子どもたちの寝物語のように囁かれ、やがて本当にあったらしいという証言まで飛び出す。


「ほら、わたし見たんだよ。背丈くらいあるトウモロコシが、ぴょんぴょん跳ねてたの!」

「おばけじゃなくて?」

「おばけじゃないよ! だってちゃんと根っこが足になってたもん!」


 子どもたちの目は真剣で、作り話のそれとは違っていた。



「……ねぇ、にぃに」

夕暮れ時の農園で、ルークの隣にちょこんと座り込んでいたミーナが、不安げに声を落とす。

「また……へんなの、できちゃったみたいなのです?」


「……」

ルークは黙ったまま畑のトウモロコシを見渡した。風にざわめく葉音。見慣れた夏の畑の風景だが――妙に“ざわついている”ようにも感じられる。


「気のせいだといいんだが……」

額を押さえるルーク。鈴菜騒ぎで散々苦労したばかりだというのに、またしても農園は平穏を与えてくれそうにない。


「とりあえず夜、見回りをするしかないな」

「じゃあ、わたしも!」とミーナ。

「ダメだ。おまえは危ないことになるとすぐ突っ込むだろ」

「ええええ、そんなことないのです! でも……あるかもしれないのですぅ」


 そのやりとりを聞きつけたのか、近くでひなたぼっこしていた猫たちが、一斉に耳をぴくりと動かした。


「にゃー……(鬼ごっこか?)」

「にゃにゃっ(参加する!)」

「みゃあ(もぎ取りだー!)」


 猫たちの瞳は、すでに戦闘――いや、遊戯の光に輝いていた。



 そして夜。


 畑の中から――ごそり。


 音がした。


「……っ!」

ルークは身を固め、月明かりに目を凝らす。


 見えたのは。


 ――ひょこっ。


 背の高いトウモロコシが、土の上に足を生やして立ち上がったのだ。

根っこが器用に絡み合い、二本足のように大地を踏みしめる。

そして「ふすっ」と葉を鳴らし、よろよろと歩き出す。


「……本当に歩いてる……」

ルークの隣で、ミーナがごくりと唾を飲む。


 すると。


「にゃにゃにゃにゃーーっ!!」

待ち構えていた猫軍団が一斉に飛び出した。


「うわああっ、始まっちゃった!」

「にゃにゃーーーっ! 捕まえろーーー!」

「にゃっにゃっにゃっ、もぎ取れもぎ取れーっ!」


 村中に響き渡る猫たちの雄叫び。


 それに応えるかのように、畑から次々とトウモロコシが立ち上がり、逃げ出した。


 ――こうして、「歩くトウモロコシ vs 猫たち」の大捕り物が始まったのだ。



 村の広場。


 猫が飛びかかり、トウモロコシが跳ね逃げる。

「もぎ取り鬼ごっこ大会」は瞬く間に祭りのような熱気となり、子どもたちまで駆け出して参加し始めた。


「ほら、あそこ! 黄色いの逃げた!」

「わたしがもぐーっ!」

「待て待て、にゃーっ!」


 村人たちも笑いながら声をかけ合い、夜中なのににぎやかさは昼祭りのようだ。


「おやまあ……これはまた……」

人々の背後で、ため息をついたのは――イザベルだった。


 煌びやかな外套を羽織り、扇子を片手に、彼女は呆れたようにルークへ歩み寄る。


「あなたの村に来れば必ず騒ぎに巻き込まれるのは、もう宿命かしらね」

「俺に聞かないでください……!それと、夜中に何をしに来たんですかぁw」

ルークは頭を抱えた。


「退屈なのよ…だから楽しそうだわ。わたくしも――」

イザベルはにっこりと扇子を閉じ、裾を翻す。


「参加する!」


 その一言で周囲がどよめいた。

だがイザベルはすでに走り出していた。


「待ちなさい、そこのトウモロコシ! 貴族令嬢の名にかけて、もぎ取ってみせるわ!」

「お嬢様、そのままではドレスが」

ギャリソンは落ち着いて、軽いステップで後をついていく。



 村中を駆け巡る大捕物。

トウモロコシが跳ねるたび、猫が飛び、子どもが笑い、イザベルが叫ぶ。


「やあっ! 捕まえたわ!」

もぎ取ったトウモロコシを高々と掲げ、得意満面のイザベル。

「どう、見た? わたくしの華麗なる動き!」

「……お嬢様、泥だらけでございます……馬車でお着替えを」とギャリソンは想定内のようだ。


 ルークは遠巻きにその光景を見て、ただひとこと。

「……やっぱり俺は静かに暮らせない運命なんだな」



 その晩、鬼ごっこは夜明け近くまで続き――

最終的に、畑のトウモロコシはほとんど「もぎ取り」されてしまった。


「ま、まあ……食べごろだったからいいか」

ルークは収穫籠に山盛りのトウモロコシを見下ろし、乾いた笑いをもらした。


「にゃーっ(勝利!)」

「にゃにゃっ(ごちそう!)」

「みゃー(焼きもろこしにしよ!)」


 猫たちは満足そうに喉を鳴らし、村人たちは夜明けの宴を開く。

炭火で焼かれた香ばしい匂いが漂い、誰もが笑顔でトウモロコシをかじりついた。



「ルーク」

トウモロコシを手にしたイザベルが、艶やかな笑みで近づく。

「この村は、退屈しないわね。……わたくし、嫌いじゃないわ」


 その言葉にルークは、少しだけ肩の力を抜いた。

静かさは得られないが――こうして笑う人々を見られるなら、それも悪くない。


 月が沈み、朝日が昇る。

村の夏の夜は、またしても賑やかな騒ぎの記録をひとつ増やしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ