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ルーク、また“普通じゃない”野菜を発見する!? ― セレナ嬢と鈴菜の衝撃 ―

 まだまだ終わらない夏の陽射しが畑を優しく照らしていた。

 土の中から芽を出した新しい作物は、まだ小さな葉を揺らしながら光を浴びている。


 ルークは腰をかがめ、額の汗を拭いながらその株をじっと見つめていた。

「……どうして、またこうなるんだ」

 思わず小さくつぶやく。


 畑の一角に芽吹いた新種の野菜――それは丸い実の先に小さな突起がつき、風に揺れるたび、チリン……チリン……と涼やかな音を響かせるのだ。

 まるで小さな鈴がいくつも並んでいるように。


「にぃに、これおもしろいねぇ!」

 隣でしゃがみ込んでいるミーナが、嬉しそうに顔を覗き込んでくる。

「ほらほら、ゆらすとリンリン鳴るんだよ!」


 彼女が手を伸ばして軽く揺らすと、チリ……ン、と柔らかく響いた。

 畑の奥で寝そべっていた猫たちまで、耳をぴくりと立て、すぐに駆け寄ってくる。


「みゃあ!」

「ぴるる!」


 猫たちは夢中になって実をつつき、チリンチリンと鈴菜を奏で始めた。畑が一気に小さな楽団になったようだ。


 ルークは額を押さえ、深い溜息をつく。

「……普通の大根とか、ニンジンとか、どうして育たないんだ。俺はただ、普通の農業がしたいだけなのに……」


 そんな愚痴をこぼす彼に、ミーナはにぱっと笑った。

「でもねぇ、にぃに。これ、かわいくて楽しいよ!」

 無邪気なその言葉に、ルークも口元をほころばせてしまう。


 そんな折――。


「ごきげんよう、皆さま」

 軽やかな声が畑の入口から響いた。


「おお、また来たのか」

 振り返ったルークの目に映ったのは、日傘を差し、涼やかな笑みを浮かべるセレナ嬢の姿。


「ええ、また来てしまいましたわ」

 彼女は裾を翻しながら歩み寄る。その背筋の美しさに、土まみれのルークは一瞬姿勢を正してしまった。


 だがセレナの視線は、すぐに畑の一角に注がれる。

「まあ……これは?」


 風に揺れるたび、チリン……チリン……。

 澄んだ音が辺りに響く。


「え? 野菜が……鈴の音を?」

 セレナの目が驚きに見開かれた。


「ねぇねぇ、セレナお姉ちゃん! これ、“すずな”って呼ぶの!」

 ミーナが得意げに胸を張る。

「にぃにが育てたんだよ! えっへん!」


「……また俺が、じゃなくて勝手に生えてきただけなんだが」

 ルークは苦笑混じりにぼやいた。


 だが、猫たちはそんなことお構いなしに、鈴菜を押したり蹴ったりして、畑中をチリンチリン鳴らし回っている。


「ふふっ……なんだか楽器のようですわね」

 セレナが思わず微笑んだ。

「これほど愛らしい野菜があるなんて……信じられません」


 ルークはしばし迷った末、一つの実を収穫してみせた。

 ――チリン。

 茎を切り落とした瞬間も、澄んだ音が響く。


「……試してみるか」

 ナイフを入れると、シャリ……ン、とまるで水晶を割ったかのような音。

 断面は透き通るように淡い緑で、ほんのりと光を放つようだった。


「いただきます」

 セレナが一口含むと――。

「……まあっ!」


 その表情が一瞬で明るくなった。

「爽やかで……心が洗われるようなお味ですわ! 甘さもほんのりとして……お菓子にできそうです!」


「ほんとに!? おいしい?」

 ミーナもかぶりつく。

「うん、リンリンお野菜、やっぱり、あまーい!」


 猫たちも横取りしてかじり、チリン、と音を響かせながら尻尾を立てている。


 セレナは微笑みながらも、やがて真剣な眼差しをルークに向けた。

「ルークさん……やはりあなたはただ者ではありませんわ」

「え、いや、俺はただの農夫で――」

「違います。この鈴菜には、人の心を明るくする力があります。王都には、まさに今、こうした希望が必要なのです」


 ルークは困ったように頭をかく。

「……普通の野菜を育てたいんだがなぁ」


 するとすぐにミーナがセレナの前に立ちはだかるように両手を広げた。

「だめっ! にぃにがいなくなったら、やだー!」


「みゃあ!」

「りるる!」


 猫たちまで一斉に鳴き、鈴菜をチリンチリンと鳴らして援護(?)を始めた。畑はすっかり合奏会状態である。


 その光景に、セレナは思わず吹き出してしまった。

「ふふ……やはり今は、この畑が一番似合っているようですわね」

 優雅に微笑み、日傘を揺らす。


 ルークは溜息をつきつつも、心のどこかで「悪くない」と思ってしまう。


 夕陽が差し込み、畑は黄金色に染まる。

 鈴菜の音色と笑い声が響き合い、今日も一日が暮れていった。


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