ルークと、またしても“普通じゃない”野菜
朝の光が畑を包んでいた。
夜露がまだ葉に光り、土はしっとりと柔らかい。小鳥たちが枝の上でさえずり、猫たちはあっちこっちで伸びをして欠伸をしている。
「ん~~~、今日もいい天気だな」
ルークは腰に手を当て、大きく深呼吸した。
胸いっぱいに吸い込む空気には、ほんのりと青草の香りと土の匂いが混じっている。――ああ、この感覚。何度味わっても好きだ。
「にぃにぃ~~! 今日の畑のお手伝い、ミーナもするーっ!」
家から飛び出してきたのは、いつもの元気すぎる妹ミーナだ。彼女の後ろからは、例の猫たちもぞろぞろとついてくる。
「にゃーん」
「みゃうっ」
「ふごっ」
最後のは……猫じゃないだろ、とルークは突っ込みたくなったが、もう慣れっこである。
「お前たち、元気だなぁ。まあ、今日も一緒にやるか」
「うんっ! 今日は何をするのですー?」
「草むしりからだな。畑の手入れは大事だから」
ミーナは「よーし!」と拳を握り、猫たちも一斉に土の上へ飛び込んだ。いや、草むしりのはずなのに、掘り返す勢いで穴を作っている。
「おい! それは違うぞ、猫たち!」
ルークの声も空しく、穴はどんどん広がっていった。
◆謎の芽との出会い
畑の端に近いところを草むしりしていると、ふとルークは気づいた。
そこに――見覚えのない芽が出ている。
「……ん? こんなもの、植えたっけな」
双葉は濃い緑で艶やか。茎はほんのり赤みがかっていて、どことなく力強さを感じさせる。
「にぃに、それなぁにー?」
「いや……わからん」
ルークは額に手を当てて考え込む。
最近植えたのは――人参、レタス、キャベツ、玉ねぎ……どれも普通の野菜のはずだ。
けれど、この芽はどうにも見覚えがない。
「また、普通じゃないのが混じってるんじゃないのぉ?」とミーナが笑う。
「やめてくれ……俺は“普通の野菜”を育てたいんだよ」
「でもでも! 今までのもすごく美味しかったし、ミーナは全部好きだよ!」
そう言って、ミーナは猫たちと一緒にぴょんぴょん跳ねる。
「にゃーっ」
「ふごごっ」
完全に“お祭りモード”である。
◆日々育つ、不思議な芽
その後もルークは観察を続けた。
芽は驚くほどの速度で成長し、数日も経たないうちに膝丈を越えた。
「……いやいや、早すぎだろ。お前、絶対普通じゃないな」
葉は大きく、夜になるとぼんやり光を放つ。
ミーナはそれを見て大はしゃぎだ。
「わぁ~~! にぃにっ、光るお野菜なのです! きっと夜でも遊べるのです!」
「遊ぶんじゃない……」
ルークは呆れながらも、心の奥では少しわくわくしていた。
――次はどんな野菜になるんだろう。
◆ついに現れた“実”
そしてある日の夕方。
その謎の植物についに“実”がぶら下がった。
「……お、おい、ミーナ。あれ」
「わぁ~~っ!!!」
ぶら下がっていたのは――大きな鈴のような形の実だった。
しかも、風が吹くたびにカラン……カラン……と、涼やかな音が鳴る。
「にぃにぃ! お野菜なのに鈴の音がするよ!」
「どういう理屈だよ……」
触れてみると、確かに野菜のような柔らかさがある。けれど、音は金属の鈴としか思えない響きだ。
「にゃあぁぁ~~~」
「ふごぉぉ……」
猫たちもその音に誘われて集まってくる。まるで子守歌にうっとりするように。
「……これ、もしかして“鈴菜”とか、そういうやつなんじゃ……」
―――普通の鈴菜は春の七草です(笑)
「すずなぁ~~! かわいいー!」
ミーナは両手で抱え込むように実を持ち上げ、鈴のような音を響かせた。
◆試食、そして騒動
翌日。
ルークは収穫した“鈴の野菜”を家に持ち帰り、料理してみることにした。
「母さん、これ……どう思う?」
「まぁ、また珍しいものを見つけたのね。ほんと、あなたの畑は普通が一番遠いわ」
レイナは笑いながら包丁を入れた。すると――
「カラン……」
切った断面からも、鈴の音が響く。
まるで切り口そのものが鳴っているようだ。
「おいおい……」とアベルが呆れ顔をする。
「野菜を切って音が鳴るなんて、ありえんだろう」
「でも、美味しそうですよ?」とレイナは楽しげに煮込んでいく。
出来上がった料理は――なんと、口に入れるとほんのりと“音がする”のだ。
シャクッと噛むたびに、鈴の音が小さく鳴り、爽やかな甘みが広がる。
「おぉっ! これ……旨い!」とルーク。
「カランカランしてるぅー! たのしいー!」とミーナ。
「……俺の常識が崩れていく……」とアベル。
夕食の食卓は、いつも以上に賑やかな鈴の音で包まれた。
◆ルークの心に
その夜、ルークは一人、畑に出た。
星空の下で、風に揺れる“鈴菜”の音がカラン……カラン……と響いている。
「……また普通じゃないのを育てちまったな」
けれど、不思議と嫌な気分はしなかった。
この畑には、ミーナや猫たちや家族の笑顔がある。
“普通じゃない”のは、きっと自分の運命みたいなものだ。
「まあいいさ。どんな野菜だって、みんなが笑ってくれるなら」
ルークはそっと土に手を当てた。
土の奥からは、新しい命の気配が伝わってくる。
「……次は、どんな“普通じゃない”やつが育つんだろうな」
期待と不安を胸に、ルークは夜空を見上げた。
星々がまるで応えるように、きらきらと瞬いていた。