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ルークと普通の野菜探し ―農園の日常のはずが!?―

 朝の光が畑を照らし出していた。

 土は程よく湿り、風はさわやかで、今日こそは何か“まともな”ことができる予感がする。


「さて……落ち着いて、今日は普通の野菜を育てようじゃないか」


 ルークは腰に手を当てて、妙に真剣な顔で畑を見渡した。


 赤い宝石のように光を放つトマト。

 飲めば眠気を吹き飛ばし、貴族から農夫まで虜にしたコーヒー。

 ご婦人方を虜にしたアロエの美容効果。

 そして……説明不能の巨大野菜(いやあれは、ねこ達の所為だな!?)まで。


 思い返すと、どうにも“普通”からは遠ざかるものばかり。


「いや、ほんと、俺は普通の畑を作りたいんだ。なんでこう、変なもんばっかり……」

「にぃにぃぃぃ! また畑で遊ぶのっ!? ミーナも手伝うー!」


 どたどたと走ってきたミーナが、満面の笑みでルークに飛びついてきた。

 後ろからはお決まりの猫たち――黒猫クロ、白猫シロ、灰色のポチ(猫なのにポチ)が続く。


「……ミーナ、畑は遊び場じゃなくて、今日は真剣勝負なんだ」

「えー、でも畑ってたのしいじゃん! ほら、クロたちももう土掘ってるよ!」


 案の定、猫たちはすでに畝に突っ込み、土をばら撒いていた。

 黒猫クロはスコップ代わりに前足で掘り返し、シロは器用に苗を倒しそうになり、ポチは……なぜか自分の背中を畝にこすりつけてゴロゴロしている。


「やめろぉぉぉぉ! それは“普通の畝”を作るんだから崩すなっての!」

「にぃに、普通の畝ってなあに?」

「……普通っていうのは、まあ、その……普通なんだよ!」

「わかんない!」


 ミーナの無邪気な返答に、ルークは思わず天を仰いだ。


「普通の野菜」ってなんだ?


 ルークは改めて畑の真ん中に立ち、スコップを握りしめる。

 普通の野菜。それは庶民の食卓に並び、飾らないが滋養に満ちたもの。


「キャベツ、レタス、にんじん、大根……そういうのだ! 今日はそれを育てる!」


 宣言すると同時に、ミーナと猫たちが「おぉーっ!」と拍手した。

 だが次の瞬間。


「にぃに、キャベツって、赤いキラキラのやつ?」

「それは宝石トマト!」

「にんじんって、勝手に動くやつ?」

「それは……動くやつはただのバケモノだ!」

「大根って、夜になると笑うやつ?」

「誰だそんなホラー仕込んだのはぁぁぁ!」


 どうやらミーナの辞書の中で“普通の野菜”は存在していなかったらしい。


 ルークは頭を抱えながらも、畑に種袋を取り出した。

 袋には「キャベツ」としっかり書かれている。

 そう、今度こそ、間違いなく普通のキャベツだ。


「これだ! これなら絶対に――」


 と、袋を見せると。


「わぁぁ! お菓子の袋!? ミーナ食べていい!?」

「食うなぁぁぁ! これは種だ!」



畑はすでに祭り状態


 種まきを始めるはずが、ミーナと猫たちは横で勝手に競争を始めていた。


「にぃに、見て見て! ミーナ、種いっぱいまいた!」

「ちょっと! それはキャベツとにんじん混ざってるだろ!」

「いいのいいの、仲良しだもん!」


 クロは種をくわえて走り回り、シロは穴の中に種を隠し、ポチは……なぜか種袋の上で寝ている。


「お前らぁぁぁ! 普通の野菜を作るって言ってるだろぉぉ!」


 もはや“普通”から遠ざかる音しか聞こえない。



夕方の収穫を想像するルーク


「……落ち着け、俺。今日は普通を目指すんだ」


 ルークは深呼吸し、額の汗をぬぐった。

 キャベツが育ち、にんじんが土から顔を出し、大根がすっきりと並ぶ。

 夕方になれば、アベルとレイナも畑に来て、みんなで収穫して食卓を囲む。

 「今日も悪くなかった」――そう締めくくる未来。


 頭の中では完璧な絵ができている。


「……よし、絶対に普通の野菜を育ててやる」


 決意は固い。


 しかし、その横では。


「にぃにぃぃ! キャベツさんとにんじんさん、けっこん式するんだって!」

「にゃー!」(←クロが花嫁役らしい)

「ちょっとぉぉぉ! それじゃ普通どころか、野菜劇場だろ!」



ルークの心のつぶやき


(普通の野菜って、こんなに難しいものなのか……)


 気づけば、彼の心は妙に哲学的になっていた。


(そもそも“普通”って誰が決めるんだ? 農夫か? 貴族か? それとも……ミーナか?)


 ちらっと隣の妹を見ると、泥だらけの顔で笑っている。

 猫たちはひっくり返ったまま足をばたつかせている。


 ――ああ、これが“普通”なのかもしれない。


 ルークは思わず苦笑し、スコップを置いた。


「……まあ、いっか。普通の野菜を育てるのは難しいけど、お前たちといる毎日が普通なんだな」


「にぃに? なにぶつぶつ言ってるのー?」

「なんでもない!」



おわりに


 その日の畑作業は、結局“普通”を超えてドタバタで終わった。

 けれども笑い声と猫の鳴き声が響く畑は、どこか豊かに見えた。


 ルークは空を見上げ、ひとり小さくつぶやいた。


「……まあ、普通じゃなくても悪くないか」


 夕陽に染まる畑は、今日も賑やかで、そして温かかった。


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