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ルークの勉強とセレナ嬢の進捗確認、そしてカオスの嵐

■ セレナ嬢、視察に来る


 昼下がりの農家。


 静まり返ったリビングに、重苦しい空気が漂っていた。


 テーブルの上には開きっぱなしの本が数冊、羽ペンとインク壺。

 それを前に、少年――ルークは眉間にしわを寄せ、真剣に文字を書き連ねていた。


 ……といっても、集中できているのはほんの数分おき。

 その横でミーナと猫たちがガヤガヤやっているせいで、進捗は牛歩である。


「にぃに、さっきの『帝国と王国の外交史』の年号がわからないのです!」

「いや、ミーナ……それは俺が答えを出す問題だから」

「え? じゃあ、にぃにに代わりに答えてあげれば良いのです?」

「それは……不正解どころか、勉強にならないよ!!」


 机の上に飛び乗ってきた黒猫クロが、ぺしっと教科書を叩く。

「ニャー(問題集をふみふみしてやるニャ!)」

「こら、クロ! それは大事な本なんだから!」


 そんなバタバタした雰囲気のまま時間が過ぎ――。


 玄関から、控えめにノックの音が響いた。


 コンコン。


「……あら、留守ではありませんわよね?」

 品のある、しかし少し冷たい響きを持った女性の声。


 その声にルークは、びくっと肩を跳ねさせた。

「セ、セレナ嬢!? なんでここに……!」


 扉を開けると、優雅なワンピースを着た金髪の貴婦人――セレナ・レーヴェンクロイツが立っていた。


 ミーナが両手をぱたぱた振る。

「わぁぁぁ!! セレナお姉ちゃん! 遊びに来たのですか?」

「……遊びに? いえ、違いますわ。今日は“視察”です」


 彼女はスッと扇子を開き、目を細める。

「ルーク、例の勉強……どこまで進みましたの? 王都の学園へ入学するのなら、一定の基礎は必要です。

 “農家で畑を耕せばいい”などという言い訳、私は許しませんわ」


「……ひぃぃ」

 ルークの背中から冷や汗が流れ落ちた。


■ 偽装工作、始まる


 ルークは必死に言い訳を探した。

「えっと、その……今日は少し、調子が悪くて」

「そうです! にぃにはお熱なのです!」

 と、ミーナが無理やりルークの額に手を当てた。


「うーん……ぴかぴかなのです! お熱!」

「いや、ミーナ。俺、全然熱ないから」

「にゃー(体温、平熱ニャ)」とクロが冷静にツッコむ。


 セレナは扇子をパタンと閉じる。

「ごまかしは不要ですわ。……では、直接確認いたしましょう」


 ルークの目が泳ぐ。

「えっ、確認って……まさか」


「ええ、口頭試問ですわ」

 セレナの目がきらりと光った。


 ルークの喉がゴクリと鳴った瞬間――。

「ま、待つのです!」

 ミーナが立ちふさがった。


「にぃには今、勉強を頑張っているのです! セレナが邪魔するなら……わたしが代わりに答えるのです!」


「……ふふ、面白いですわね。よろしい、ミーナ嬢。ではあなたに一問」


 セレナは本を一冊取り出し、さらさらとページをめくる。


「“王国暦二百三十四年、王国と帝国の間で締結された条約の名前は何か”」


「……えっ」

 ミーナの目が白黒した。

「えっと……えっと……条約って、なんかこう……『仲良くしましょうの約束』ですか?」


 猫のシロが「にゃー!(仲良く条約!)」と鳴き、タマが「にゃにゃ!(ごはん条約!)」と追随する。


 セレナの口角がぴくりと上がった。

「……全員、減点ですわ」


「えええーーー!!」

 リビングに絶叫が響いた。


■ 混沌の家庭教師タイム


 こうして突発的に始まったセレナ嬢の“家庭教師タイム”。


 しかし、ルークが答えようとするたびに、ミーナと猫たちが余計なことをする。


「にぃに! ここは“にゃんこ条約”に決まってるのです!」

「いや、そんな条約ないから!」

「にゃー!(ごはんに一票ニャ!)」

「にゃにゃ!(寝るのに一票!)」


 ルークは必死に答えようとするが、そのたびに猫たちが本に飛び乗り、羽ペンをくわえ、インク壺をひっくり返す。


「わぁぁぁぁ! インクが!!」

「にゃー!(黒い湖ニャ!)」

「こら! 泳ぐなって!」


 ミーナはというと、セレナ嬢に負けじと必死に説明を試みる。

「セレナちゃん、にぃにはすごいのです! 昨日もわたしに『算数』を教えてくれたのです!」

「ほう……それは?」

「“りんごが三つとバナナが二つ、足したらお腹いっぱい!”って」

「……ミーナ嬢。それは算数ではなく食欲の話ですわ」


 セレナは額を押さえた。


■ セレナ嬢の本音


 そんな騒動のさなか、セレナはふと、勉強机に残されたルークのノートを手に取った。


 そこには、震えるような字でびっしりと書き込みがされていた。

 王国の年号、条約の名前、農業学、魔法の基礎理論まで。


「……これは」


 セレナの目が少し和らいだ。

「あなた、本当に……努力しているのですね」


 ルークは頬を赤くし、視線を逸らす。

「……俺だって、やれるところは見せたいんだ。

 ミーナを守るためにも、セレナ嬢に笑われないためにも」


 その言葉に、セレナは思わず微笑んだ。

「……ふふ、そうですか。見直しましたわ」


 しかし――その空気を読まないのがミーナと猫たち。


「にぃにはすごいのです! わたしが証明してあげるのです!」

 ドンッと机に飛び乗った瞬間、バランスを崩し――。


 バシャーーン!!


 残っていたインク壺が派手にひっくり返り、ノート一冊を真っ黒に染めた。


「にゃー!(黒歴史ノート完成ニャ!)」

「にゃにゃ!(芸術作品ニャ!)」


 ルーク「…………」

 セレナ「…………」

 ミーナ「…………えへへ」


■ カオスの結末


 最終的に――。


 セレナ嬢は大きなため息をつきつつも、ルークの頭を扇子で軽く撫でた。

「まあ、今日はこのくらいにして差し上げますわ。……努力の跡は見えましたもの」


「セレナ嬢……」

「ですが、次はもっと進歩を期待していますわよ」


 ミーナは横から飛びつき、にぱっと笑った。

「にぃには絶対に大丈夫なのです! だってわたしが毎日応援してあげるのですから!」


「にゃー!(おやつ条約!)」

「にゃにゃ!(おひるね条約!)」


 セレナは思わず吹き出した。

「……ふふ、あなたたち、本当ににぎやかですわね」


 こうして、勉強の進捗確認は大惨事と爆笑に終わったのだった。


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