ルークの勉強を逆に手伝おうとするけど大惨事
午後の農家の居間は、めずらしく静かだった。
窓から差し込む日差しがテーブルを照らし、その上には積み重ねられた数冊の分厚い本。
そして、その本を真剣な眼差しで読み込む青年――ルーク。
「……ううむ、セレナ嬢はどうしてこう、やたら難しい本ばかり貸してくるんだ……」
ルークの額には汗がにじんでいた。
借りた本は『農業と王都経済』『初等魔法理論』『騎士と貴族の心得』など、農家の青年にはまったく似つかわしくない題名もあったりする。
だが、きっかけはセレナ嬢の一言だった。
『あなたもそろそろ学園に入って本格的に学ばないと将来どうするのですか?』
たしかに、自分は畑を耕して暮らすだけでいい――そう思っていた。
しかし、父アベルは元貴族。母レイナは隣国の元王女。
自分はただの農夫でいていいのか。将来、ミーナを守れるのか。
考えれば考えるほど、心の中に不安が広がっていく。
だから、こうして机に向かって本を開き、慣れない勉強を始めていた。
「……よし、今日はこの“貨幣流通と農産物市場”って章を理解するぞ」
ペンを取り、ノートにぎこちない字を書き写す。
まるで受験生のように机にかじりつく兄の姿は、普段のルークとはまるで別人。
――だが。
「にぃにぃぃぃ~~!」
ドタバタと駆けてくる足音。
扉が勢いよく開かれ、そこに現れたのは妹のミーナだった。
後ろからは、ぞろぞろと猫たちも続く。
「何やってるのです!? 机にかじりついて! ……あっ、勉強!?」
「みぃ!」
「にゃー!」
「ごろにゃ!」
ミーナの瞳がきらきら輝く。猫たちの尻尾もぱたぱた揺れる。
「にぃにが勉強!? なんと、すばらしいこと! これは応援しなければなのです!」
「いや、ミーナ……応援だけでいいから。ほんとに。絶対に」
「違うのです! ミーナ、にぃにのお手伝いをするのです!」
――嫌な予感しかしなかった。
◆
ミーナは勢いよくルークの横に座ると、ぴょこんと胸を張った。
「任せてください、にぃに! ミーナは天才なので、勉強くらい楽勝なのです!」
「……どこからその自信が」
ルークがため息をつく間もなく、ミーナは本をぱらぱらとめくる。
目に飛び込んできたのは「貨幣経済における交換比率」の図。
「……ははーん、わかったのです!」
「えっ、わかるのか!?」
「ここに“にんじん一束=銅貨一枚”って書けば解決なのです!」
ノートに堂々と書き込むミーナ。
その横で猫たちも「にゃ!」「にゃ!」と鳴きながら肉球スタンプのようにインクに飛び込み、紙をぐちゃぐちゃに。
「おいおいおい! それ全然違うし、猫たち、ノートで遊ぶなぁ!」
ルークの悲鳴もむなしく、机の上はたちまち紙屑とインクまみれの戦場と化した。
◆
しかし、ミーナはめげない。
むしろやる気が増していく。
「にぃに、知ってますか? 勉強は身体で覚えるのが一番なのです!」
「いや、それはスポーツとか武術の話じゃ……」
「いいから外に行くのです!」
強引に手を引かれ、ルークは庭に連れ出された。
「ここに畑があるのです! つまり実地訓練! ミーナが問題を出すので、にぃには答えるのです!」
猫たちが畑の上で並んで「にゃー!」と合唱する。まるで出題係。
「第一問! にんじんを三本抜いたら、何本残るのですか!」
「……え、それただの算数……」
「早く答えるのです!」
「畑に何本植わってるかによるだろ!」
「にぃに、不正解! 残りは“美味しいからゼロ”なのです!」
……畑の勉強にならない。
むしろただの収穫大会だった。
◆
さらにミーナは台所へと舞台を移す。
「勉強にはおやつが必要! なので、料理で経済を学ぶのです!」
「ど、どういう理屈だよ……」
ミーナはにんじんと小麦粉を持ち出し、猫たちが器をひっかき回す。
出来上がったのは――焦げたクッキーの山。
「これが“貨幣”なのです! 一枚でミーナの笑顔と交換できるのです!」
「……いや、それはプライスレスだろ」
ルークは思わず吹き出してしまう。
大惨事のはずなのに、ミーナの無邪気さが可愛くて笑ってしまうのだ。
◆
だが、最後の“勉強作戦”は本当に大惨事となった。
ミーナが「知識は爆発なのです!」と叫び、魔道具のランプをいじった瞬間。
――ドカーン!
小さな爆発が起き、台所は煙と小麦粉まみれ。
猫たちが「にゃーー!」と叫びながら白い粉に包まれる。
「みんな真っ白!? 雪だるま!? ふわふわの妖精!?」
「違う! ただの粉だ! こら、笑ってる場合じゃない!」
家中が大混乱となった。
◆
結局、勉強はまったく進まなかった。
部屋も台所もぐちゃぐちゃ。ノートも肉球スタンプだらけ。
だが夜。後片付けを終えて、家族と猫たちと一緒に夕食を囲んだとき。
ルークはふと思った。
「……まあ、勉強は進まなかったけど。こうして笑って過ごせるなら、それも悪くないな」
隣でにこにこしているミーナ。膝の上で丸くなる猫たち。
守りたいものは、やっぱり目の前にある、この時間だった。
「にぃに、明日も勉強のお手伝いをするのです!」
「それは……ほどほどで頼む……」
笑い声と猫の鳴き声が響く夜。
ルークの勉強計画は大惨事続きだったが、心は少し温かく、そして少し強くなっていた。
新作書いてみました。
~理数女子の車中泊冒険譚~
懲りずに異世界転移のお話です。まあ、ゆっくり進めていくつもりです。
良かったら読んでみてください。