ミーナと猫たちの勉強妨害!? ~かまって大作戦~
ルークが机に向かって本を開いている――。
村の家の一室、窓から差し込む午後の光が、まるで神聖な修行の場でも演出しているかのようだ。
ルークの前には分厚い本が三冊。セレナ嬢から借りたものだ。
題名は『農業と王都経済』『初等魔法理論』『騎士と貴族の心得』。
「……いや、なんで俺がこれ読まなきゃいけないんだよ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ルークは真剣な顔でページをめくる。
きっかけは数日前のことだ。
セレナ嬢がミーナと遊びに来ていて、なぜか彼女の矛先がルークに向かった。
「ルーク、あなたもそろそろ学園に入って本格的に色々と学ばないと将来どうするのですか?」
その一言である。
ルークとしては「農家で畑を耕せればそれでいい」と思っていたのだが……父アベルは一応元貴族。母レイナは隣国の元王女。
「もしもの時にただの農夫でいいのか?」という不安が、ルークの胸に芽生えてしまったのだ。
だからこうして、セレナ嬢に数冊の本を借りて、勉強を始めたのである。
「……ふむ。魔法理論の初歩は、精神集中とイメージか。これなら――」
ルークが真剣に読み進めているその背後で、きらりと光る視線がいくつも。
ミーナである。
そして、彼女の両脇にぴたりと寄り添う猫たち――タマ、クロ、シロ。
「にぃに……机にかじりついております」
「にゃぁ」
「にゃにゃ」
「……にゃっ」
ミーナは眉を下げて深刻そうな顔をしながらも、目はきらきらと輝いている。
そう、ミーナにとってルークが机に向かっているというのは、すなわち――「かまってもらえない」という非常事態であった。
「にぃに……。放っておかれてしまうのですか……」
「みぃ……」
わざとらしく鼻をすすり、猫たちも「みゃおお」と合わせて泣き声を出す。
もちろんルークの耳にも届いている。だが、彼は眉間に皺を寄せて、必死に無視を決め込んでいた。
「……だめだ、ここで負けたら終わりだ。集中……集中だ……」
しかし、ミーナと猫たちがこのまま大人しくしているわけがない。
作戦開始!ミーナと猫たちの妨害大作戦
その①:視界妨害作戦。
「にぃにぃ~~。お疲れでしょう? ミーナが癒やしてあげるのです」
そう言うやいなや、ミーナはルークの膝に飛び乗った。
猫たちも負けじと机の上へ跳び、分厚い本の上にどかりと座る。
「お、おい! そこどけ! 本が読めないだろ!」
「にゃ?」
「にゃーん」
「にゃにゃん♪」
タマが本のページをぐいっと前足で押さえ、クロはしっぽでルークの鼻をくすぐり、シロに至ってはルークのペンを咥えて逃げ出す始末。
「お前らぁぁあ!!!」
その叫び声に、ミーナは満面の笑みで答えた。
「にぃに、休憩するのです!」
その②:音楽で気を散らせ作戦。
今度はミーナがふんふんと鼻歌を歌い出した。
しかも猫たちがそれに合わせて「にゃー」「にゃん」「にゃにゃん」と合唱を始める。
「ミーナ特製、勉強応援ソングなのです!」
しかしその歌詞がひどい。
「♪ にぃには~~~、遊んで~~~~、遊んで~~~、勉強やめて~~~ ♪」
「お前らぁぁ!! 応援になってないだろ!!!」
ルークの絶叫もむなしく、猫たちはますます大合唱。
家の外で畑仕事をしていた父アベルが首をかしげて家を覗くほどだった。
「……あいつら、何やってんだ?」
その③:最終兵器・涙作戦。
最後はミーナがうるうると目を潤ませ、机の下からルークをじっと見上げる。
「にぃに……。かまってくれないなら、ミーナ……泣いちゃうのです……」
猫たちも「うるうる」顔で寄り添い、まるで世界の終わりを迎えたかのような雰囲気を演出する。
さすがのルークも、鉛筆を持つ手が止まった。
「……ずるい……それは反則だ……」
そして、ついに彼は観念した。
「わかった! わかったから! ちょっとだけ休憩だ!!!」
「やったのです~~!!!」
ミーナが飛びつき、猫たちが机の上から飛び降りてルークにまとわりつく。
ルークの勉強時間は、こうしてあっけなく終わりを告げたのだった。
レイナの一喝、そして……
その後。
ドタバタと走り回る声に、とうとう母レイナがやって来る。
「ルーク! 勉強の邪魔をするんじゃありません!」
「えっ、俺が悪いの!?」
「当然でしょう。あなたがミーナとか猫たちに甘いからこうなるのです」
「にゃ!?」
「にゃにゃ!」
「にゃおん!」
猫たちは「なんでこっちが怒られるの!?」と言わんばかりに鳴いたが、レイナの視線ひとつで全員ぴしっと正座。
ミーナも両手をお膝に置いて、しょんぼり座り込む。
「……にぃに、怒られたのです……」
「いや、俺も怒られてるんだが……」
その光景に、レイナは思わず口元をゆるめてしまう。
「まったく……。でも、勉強も大事だけれど、こうしてみんなに愛されていることも、忘れちゃだめよ?」
「……母さん……」
ルークは思わず背筋を伸ばした。
ミーナと猫たちはきらきらとした目でルークを見上げる。
「にぃに、大好きなのです!」
「にゃーー!」
ルークは観念して苦笑いを浮かべた。
「……もう、ほんとにお前らには敵わないよ」
その日、ルークの勉強時間はわずか三十分。
しかし、それ以上に大切な時間を彼は過ごしたのだった。