表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

201/257

父アベルと猫たちの密談(!?)

 その夜、グランフィード家の広間に、妙な静けさが漂っていた。

 住人たちは皆、すでに寝静まっている。ルークもミーナも、それぞれの部屋で夢の世界に旅立っていた。


 しかし――広間の一角。

 そこには、なんと猫たちがずらりと正座をして並んでいた。

 正座である。猫なのに。

 そして、その正面には堂々と腰を下ろす一人の男。


「……さて」


 低く落ち着いた声を響かせたのは、父アベル。

 鍛えられた武人の体躯を持ちながら、その瞳には厳しさと優しさが同居している。

 なぜか、今夜は猫たちとの“密談”に臨んでいた。


「お前たち――また余計なことをしたな?」


 アベルの言葉に、正座していた猫たちの背筋がピシッと伸びる。

 とくにミケとクロは視線を泳がせ、シロは尻尾をぎゅっと抱え込むように丸めた。


「……にゃ、にゃぁ?」

「にゃ、にゃんにゃにゃゃ?(な、なんのことでしょう?)」

「にゃにゃにゃん、にゃ(我々はただ、ミーナを楽しませようと……」


「言い訳は聞かん」


 アベルの一喝。

 ビシィッとした空気が広間を支配する。

 猫たちは正座のまま、ぴたりと動きを止めた。



「まず――昨日のことだ」


 アベルは腕を組み、ゆっくりと猫たちを見渡す。


「森で“お菓子の家”を作ろうとしていただろ、お前たちは?」


「にゃ、にゃぁぁ……」

「にゃんにゃにやにゃん(……甘い誘惑、子供心をくすぐる演出……)」

「にゃに、にゃぁん(決して悪気は……)」


「悪気がないのは分かっている」


 アベルの口調は穏やかだったが、その眉はわずかにひそめられていた。


「だがな。リックとミーナがそんなもの見つけたら、食べすぎて腹を壊すかもしれないだろうが」


「に……っ」


 猫たちは顔を見合わせ、一斉にうなだれた。

 とくにクロは両前足を合わせ、必死に“ごめんなさい”の仕草をしている。


「さらに――村人たちを巻き込んで、狩猟大会を開催したのも、お前たちだな?」


「にゃ……っ」

「にゃ、ににゃにゃんにゃ(ち、違います! あれはルークが……)!」


「……ルークを唆したのは誰だ」


 沈黙。

 猫たちの耳が一斉にぺたりと伏せられる。



「いいか、お前たち」


 アベルは静かに言った。


「ミーナはまだ子供だ。リックもそうだ。ルークだって未熟者だ。――だからこそ、私やレイナが目を光らせている」


「にゃ……」


「だがな。その影でお前たちが余計な騒ぎを起こしてみろ。子供たちは、それに振り回されてしまう」


「…………」


 猫たちは耳を垂らしたまま、小さく丸くなった。

 いつもの生意気な態度も、今だけは影を潜めている。


 しかし――アベルの声は、次第に柔らかさを帯びていった。


「……ただ」


 猫たちがはっと顔を上げる。


「お前たちが、ミーナのことを心から大事に思っていることは、分かっている」


「にゃ!」

「にゃん、にゃにゃゃにゃん(そ、それは本当です!)」

「にゃゃゃぁん、にゃん(ミーナの笑顔のためなら、命も……)」


「命は張らなくていい」


 アベルは思わず額に手を当てた。

 だが、猫たちの真剣な目を見て、ふっと口元をほころばせる。



「……私もな」


 アベルは正座した猫たちを前に、静かに言葉を紡ぐ。


「父親として、ミーナの笑顔を守りたい。ルークやリックが健やかに育つのを見守りたい。それは……お前たちと同じだ」


 猫たちは目を瞬き、しんと静まり返る。


「だから――頼む。どうか、やりすぎるな」


「…………」


 猫たちはしばし顔を見合わせ、やがて深々と頭を下げた。


「にゃん(……はい)」

「にゃにゃん、にゃあん(分かりました、アベル殿)」

「にゃにゃにぁん、にゃんにゃん(次からは……もう少しだけ、控えめに……)」


「“少しだけ”じゃなくて、きちんと控えめにな」


 アベルの突っ込みに、猫たちは慌てて頷いた。



 そのとき――。

 広間の戸口から、そっと顔をのぞかせる影があった。


「……ちぃちぃぃ?」


 眠そうな目をこすりながら、ミーナが立っていた。


「どうしたんだい、こんな時間に」

「ねこ達の声が聞こえたのです……」


 ミーナが近づくと、猫たちは一斉に正座を解き、彼女に飛びついた。


「にゃにゃゃん(みーな!)」

「にやんにゃにゃあんにゃん(もう寝る時間ですよ!)」

「にゃんにゃんにゃゃぁん(私たちは怒られてなどいませんよ!)」


 慌てて取り繕う猫たちを見て、ミーナは小さく笑う。


「ねこ達は、わたしを守ってくれるのです。……だから、怒らないでください、とうさま」


「……ミーナ」


 アベルは一瞬、言葉を失った。

 そして――仕方なさそうにため息をつき、優しく娘の頭を撫でた。


「……分かった。怒らないよ」


「ほんとう?」

「ああ。ただし、猫たちがやりすぎたら――そのときは一緒に注意してくれ」


「はいっ!」


 ミーナが笑顔で頷くと、猫たちも安心したように「にゃああ」と鳴き声をあげた。



 こうして――。

 父アベルと猫たちの奇妙な密談は、和やかに幕を閉じた。


 その夜。

 広間の片隅で、猫たちとミーナは仲良く丸くなって眠りについた。

 アベルはその光景をしばらく眺め、静かに呟いた。


「……まったく、にぎやかな家族だ」


 けれども、その瞳はどこまでも優しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ