父アベルと猫たちの密談(!?)
その夜、グランフィード家の広間に、妙な静けさが漂っていた。
住人たちは皆、すでに寝静まっている。ルークもミーナも、それぞれの部屋で夢の世界に旅立っていた。
しかし――広間の一角。
そこには、なんと猫たちがずらりと正座をして並んでいた。
正座である。猫なのに。
そして、その正面には堂々と腰を下ろす一人の男。
「……さて」
低く落ち着いた声を響かせたのは、父アベル。
鍛えられた武人の体躯を持ちながら、その瞳には厳しさと優しさが同居している。
なぜか、今夜は猫たちとの“密談”に臨んでいた。
「お前たち――また余計なことをしたな?」
アベルの言葉に、正座していた猫たちの背筋がピシッと伸びる。
とくにミケとクロは視線を泳がせ、シロは尻尾をぎゅっと抱え込むように丸めた。
「……にゃ、にゃぁ?」
「にゃ、にゃんにゃにゃゃ?(な、なんのことでしょう?)」
「にゃにゃにゃん、にゃ(我々はただ、ミーナを楽しませようと……」
「言い訳は聞かん」
アベルの一喝。
ビシィッとした空気が広間を支配する。
猫たちは正座のまま、ぴたりと動きを止めた。
◆
「まず――昨日のことだ」
アベルは腕を組み、ゆっくりと猫たちを見渡す。
「森で“お菓子の家”を作ろうとしていただろ、お前たちは?」
「にゃ、にゃぁぁ……」
「にゃんにゃにやにゃん(……甘い誘惑、子供心をくすぐる演出……)」
「にゃに、にゃぁん(決して悪気は……)」
「悪気がないのは分かっている」
アベルの口調は穏やかだったが、その眉はわずかにひそめられていた。
「だがな。リックとミーナがそんなもの見つけたら、食べすぎて腹を壊すかもしれないだろうが」
「に……っ」
猫たちは顔を見合わせ、一斉にうなだれた。
とくにクロは両前足を合わせ、必死に“ごめんなさい”の仕草をしている。
「さらに――村人たちを巻き込んで、狩猟大会を開催したのも、お前たちだな?」
「にゃ……っ」
「にゃ、ににゃにゃんにゃ(ち、違います! あれはルークが……)!」
「……ルークを唆したのは誰だ」
沈黙。
猫たちの耳が一斉にぺたりと伏せられる。
◆
「いいか、お前たち」
アベルは静かに言った。
「ミーナはまだ子供だ。リックもそうだ。ルークだって未熟者だ。――だからこそ、私やレイナが目を光らせている」
「にゃ……」
「だがな。その影でお前たちが余計な騒ぎを起こしてみろ。子供たちは、それに振り回されてしまう」
「…………」
猫たちは耳を垂らしたまま、小さく丸くなった。
いつもの生意気な態度も、今だけは影を潜めている。
しかし――アベルの声は、次第に柔らかさを帯びていった。
「……ただ」
猫たちがはっと顔を上げる。
「お前たちが、ミーナのことを心から大事に思っていることは、分かっている」
「にゃ!」
「にゃん、にゃにゃゃにゃん(そ、それは本当です!)」
「にゃゃゃぁん、にゃん(ミーナの笑顔のためなら、命も……)」
「命は張らなくていい」
アベルは思わず額に手を当てた。
だが、猫たちの真剣な目を見て、ふっと口元をほころばせる。
◆
「……私もな」
アベルは正座した猫たちを前に、静かに言葉を紡ぐ。
「父親として、ミーナの笑顔を守りたい。ルークやリックが健やかに育つのを見守りたい。それは……お前たちと同じだ」
猫たちは目を瞬き、しんと静まり返る。
「だから――頼む。どうか、やりすぎるな」
「…………」
猫たちはしばし顔を見合わせ、やがて深々と頭を下げた。
「にゃん(……はい)」
「にゃにゃん、にゃあん(分かりました、アベル殿)」
「にゃにゃにぁん、にゃんにゃん(次からは……もう少しだけ、控えめに……)」
「“少しだけ”じゃなくて、きちんと控えめにな」
アベルの突っ込みに、猫たちは慌てて頷いた。
◆
そのとき――。
広間の戸口から、そっと顔をのぞかせる影があった。
「……ちぃちぃぃ?」
眠そうな目をこすりながら、ミーナが立っていた。
「どうしたんだい、こんな時間に」
「ねこ達の声が聞こえたのです……」
ミーナが近づくと、猫たちは一斉に正座を解き、彼女に飛びついた。
「にゃにゃゃん(みーな!)」
「にやんにゃにゃあんにゃん(もう寝る時間ですよ!)」
「にゃんにゃんにゃゃぁん(私たちは怒られてなどいませんよ!)」
慌てて取り繕う猫たちを見て、ミーナは小さく笑う。
「ねこ達は、わたしを守ってくれるのです。……だから、怒らないでください、とうさま」
「……ミーナ」
アベルは一瞬、言葉を失った。
そして――仕方なさそうにため息をつき、優しく娘の頭を撫でた。
「……分かった。怒らないよ」
「ほんとう?」
「ああ。ただし、猫たちがやりすぎたら――そのときは一緒に注意してくれ」
「はいっ!」
ミーナが笑顔で頷くと、猫たちも安心したように「にゃああ」と鳴き声をあげた。
◆
こうして――。
父アベルと猫たちの奇妙な密談は、和やかに幕を閉じた。
その夜。
広間の片隅で、猫たちとミーナは仲良く丸くなって眠りについた。
アベルはその光景をしばらく眺め、静かに呟いた。
「……まったく、にぎやかな家族だ」
けれども、その瞳はどこまでも優しかった。