リックとミーナの小さな冒険
ある日のことだった。
朝ごはんを食べ終えたミーナは、妙にきらきらとした目でリックの前に立っていた。
「リック!! 冒険へ行くのです!」
ぴょこんと両手を腰に当て、どこかの勇者みたいに胸を張る。
リックは小柄な少年で、姉のアニーと共にこの村に住むようになってまだ日が浅い。恥ずかしがり屋で、普段はアニーの後ろに隠れていることが多い。だからこそ、その突然の“冒険宣言”に、目を丸くするしかなかった。
「え、えっと……冒険? ど、どこに……?」
「森なのです!」
にっこり笑うミーナ。
すかさず、足元で「にゃー!」と声があがる。猫たちがぞろぞろと集まってきて、やたらと盛り上がっている。まるで「そうだそうだ! 冒険だ!」と賛同しているようだ。
「森って……えっと、危なくない?」
「だいじょうぶなのです! お菓子の家もないし、青い鳥もいないし、くまさんにも出会わない……はずなのです!」
根拠はあやしい。でも妙に説得力を感じる笑顔に押されて、リックはつい頷いてしまった。
「……わかった。ちょっとだけなら」
「やったのです!」
こうして二人と猫たちの小さな冒険が始まった。
■ 木漏れ日の森へ
村の外れに広がる森は、昼間なら明るい木漏れ日が差し込み、小鳥のさえずりが響くのどかな場所だった。
リックは緊張していたが、ミーナはすっかり遠足気分だ。
「リック、こっちこっち!」
「わ、待ってミーナ……!」
彼女は小さな靴で軽快に跳ねるように歩き、猫たちがその後を追いかける。リックは遅れまいと必死でついていくが、ミーナの勢いに押されて半分引きずられているような感じだった。
「ほら、見てくださいなのです! きのこ!」
「ほんとだ……でも食べちゃだめだよ」
「うん! でも見てるとなんだか美味しそうなのです」
――やっぱり危ない。
リックは内心でため息をつきながらも、楽しそうに笑うミーナを見ると悪い気はしなかった。
■ 森の猫たち、暴走開始
問題は、猫たちだ。
「にゃっ! にゃにゃっ!」
「にゃおーん!」
森に入ったとたん、彼らはテンションが急上昇。木に登っては落ち葉をばらまき、川べりでは魚を追いかけ、リスに驚かれて木の上から木の実を浴びせられる始末。
「ちょ、ちょっと! そんなに騒いだら動物たちがびっくりするよ!」
「にゃーーん!(だから面白いのに!)」
リックは必死に制止するが、猫たちは聞いていない。
一方のミーナはというと――
「猫たち、残念なのです! リスに負けているのです!」
応援している!?。
完全にコントロール不能である。
■ 平和すぎる冒険
だが、不思議なことに危険な目には遭わなかった。
森の奥へ進んでも、道は明るく、小川のせせらぎは心地よい。動物たちも人懐こく、時折小鳥が肩にとまるほどだ。
「リック! 見てください! 小鳥さんなのです!」
「わっ、本当に……」
小鳥がちょん、とミーナの指先に止まり、くりくりした瞳で首をかしげる。
その様子を見て、リックはふと微笑んだ。
「……なんだか、本当に冒険っていうより遠足だね」
「でも、冒険なのです!」
彼女の胸の中では、これは立派な冒険らしい。
■ トラブル勃発
とはいえ、やっぱり猫たちは平和ではいられなかった。
小川で水を飲んでいたはずが、急に「にゃにゃにゃー!」と叫びながら走り出したのだ。
「えっ、なになに!?」
「にゃー!(でっかい魚がいたー!)」
追いかけていった先には、確かに川から跳ね上がった大きな魚が。猫たちは一斉に飛びついたが、魚はするりと逃げてドボン! と水しぶきを上げた。
「きゃっ! ぬれちゃったのです!」
「うわわ、冷たっ……!」
ずぶ濡れになった二人と猫たち。結局、魚は捕まえられず、ただ水遊びになってしまった。
けれど、ミーナはケラケラと笑っていた。
「リック! これも冒険なのです!」
「……うん、まあ、楽しいならいいか」
■ ちょっとだけ勇気
帰り道。森を抜けるころには、太陽は傾き始めていた。
ミーナは猫たちと並んで歩きながら、ふとリックに向かって言った。
「リックも、もっと笑っていいのです。だって、冒険は楽しいのです!」
リックは驚いて、少しだけ黙り込んだ。
普段、姉のアニーに頼ってばかりの自分。新しい村で、うまく馴染めずにいる自分。でも――今日一日は、ミーナと一緒に笑って過ごせた。
「……うん。楽しかった」
「でしょう! だからまた行くのです!」
笑顔でそう言うミーナに、リックもつい笑って頷いた。
■ 村に戻れば
村に戻ると、案の定アニーに怒られた。
「リック! ミーナちゃん! 勝手に森に行ったら危ないって言ったでしょ!」
「ご、ごめんなさい……」
「でも冒険だったのです!」
「冒険じゃありません!」
ぷんぷん怒るアニーの横で、ルークは腕を組みながら真顔でうんうんとうなずいていた。
「よし、次は俺もついて行く。森で食材調達も兼ねれば立派な冒険だ」
「えっ!? ルークまで!?」
新たな騒動の予感を残しつつ――小さな冒険は、ほんのり甘い思い出になったのだった。