「お貴族様と秘密のとまと」
──それからというもの。
白い日傘を差した“旅のお姉さん”は、毎週決まった曜日の午後に、ふらりとミーナの屋台を訪れるようになった。
「とまとジュース、くださいな」
「はいはーい、今日のはね、ちょっとだけミント入ってるよ!」
「……まあ。それは涼やかで素敵」
にゃふぇ「にゃふっ(舌が貴族の味覚にゃ)」
セレナと名乗らず、あくまで“旅人”のふりを貫く少女。
それでも、ミーナはどこかうれしそうだった。
「ねえ、お姉さんって……うん、お名前、なんて言うの?」
「…………“セレ”でいいわ。ちょっとだけ、本当っぽいでしょ?」
「うん! せれ! にゃふぇ、せれってお名前だって!」
にゃふぇ「にゃふぇにゃふぇ(了解にゃ)」
その日の夕方。家に戻ってきたミーナは、興奮気味にルークに話す。
「お兄、今日も“せれ”が来たんだよ! もう三回目!」
「ふうん、よく来てくれるなぁ。旅人にしちゃ律儀すぎるな」
「うん、しかも今日は片づけも手伝ってくれた! せれ、お金持ちのお姫さまみたいなのに!」
「……(いや、それは気づけ)」
──とはいえ、ルークは何も言わなかった。
セレナが村で楽しそうに笑っているのを見るたび、
そして、ミーナと一緒にジュースを作ったり、店を手伝ったりする姿を見るたびに、
彼はただ、少しだけ肩の力を抜いて、見守るようになった。
数日後の昼下がり。
「ねぇ、ミーナ。次のジュースに、これを入れてみない?」
「なにこれ、バジル? 香りつよいねー!」
「ふふ、それがいいの。実はね、お父様の温室から……」
にゃふぇ「にゃふぅ!?(それは泥棒にゃ!?)」
お貴族様が内緒でバジルを摘んできて、とまとと合わせて“高貴なジュース”を開発。
ますますミーナ屋台が人気になる一方で……
ルークは静かに、畑のトマトを眺めて思った。
「……なあ、ミーナ……お前が作ったジュース、確かにすごいんだけどな」
「ん?」
「どうして俺の畑のトマト、毎回“甘み+3”されてるんだ?」
「……え? ふつうにお水あげてるだけだよ?」
(農業チートが、また少し発動していることに気づく兄であった──)




