アニー視点「常識人!?から見た村のお祭り騒ぎ」
――この村に来て、まだ日が浅い。
アニーは麦わら帽子のつばを指で押さえながら、広場の隅に立っていた。彼女の視線の先では、信じられない光景が繰り広げられている。
村の真ん中に鎮座しているのは――家ほどもある巨大カボチャ。
「…………」
言葉が出なかった。
(なんでこんなものが、村の広場に転がってるのよ……?)
どう考えても、普通じゃない。だが、この村の人たちは、なぜか大喜びである。子どもたちは大はしゃぎ、大人たちは「今年は豊作だな!」と笑顔を浮かべ、猫たちはその周囲をぐるぐると走り回っている。
そして、輪の中心にいるのは――あの少女、ミーナだった。
「やったぁぁ! ミーナのカボチャが、こぉんなに大きくなったのです!」
「にゃー! にゃー!」
猫たちと一緒になって飛び跳ねるミーナの姿は、まるで奇跡を祝う妖精のようだ。……ただし、その奇跡が常識をぶち壊す方向に暴走しているのは、間違いない。
(これ、どう見ても異常事態よね? なのに、みんな楽しそうって……)
アニーは思わずため息をついた。
■ 猫たちの珍行動
「にゃにゃっ!」
白猫のシロが、カボチャの上に飛び乗った。だが、表面がつるりとしているせいで、するりと滑り落ちる。
「にゃぅわぁぁっ!」
「わははは! シロはドジなのです!」
ミーナが笑い転げ、他の猫たちも「にゃーにゃー」と合唱を始める。黒猫クロは器用に爪でカボチャに引っかかり、なんと表面に「肉球の模様」を刻み始めた。
(やめなさいよ……彫刻するものじゃないでしょう……)
アニーは心の中でツッコミを入れる。だが周りの村人は「おぉ、かわいい模様だ!」と笑っているのだから、もはや手遅れだ。
■ ルークの張り切り
「よし、これを王都に持って行こう!」
「……へ?」
ルークの言葉に、アニーは思わず声を漏らしてしまった。
(持って行くって、どうやって!? 馬車に乗る大きさじゃないわよ!?)
「男衆! ロープを用意してくれ! 転がせば運べるはずだ!」
「おおー!」
村の男たちはすぐさま動き出す。妙に団結力があるのはいいことだが……。
(ちょっと待って、転がして? 王都まで? あり得ないでしょう! 途中で道も村もめちゃくちゃになるじゃない!)
アニーの頭の中に、王都の大通りを大カボチャがごろごろ転がっていく地獄絵図が浮かんでしまった。
■ セレナ嬢とギャリソン登場
「皆さま、ご機嫌麗しゅうございます」
涼やかな声が響いた。振り返ると、セレナ嬢がギャリソンを従えて姿を現した。村人たちがざわめく。
「セレナ様だ!」
「まあまあ、なんてお美しい!」
アニーは思わず息をのんだ。セレナは噂どおりの高貴さで、ただ立っているだけで空気が変わる。
(……この人、本当に同じ人間なのかしら。わたしと比べたら、まるで別世界の人みたい)
だが、そのセレナ嬢の視線も巨大カボチャに釘付けだった。
「……ギャリソン、あれは……?」
「はっ……申し上げにくいのですが、どうやら“猫たちの仕業”かと……」
「猫……?」
ギャリソンの渋面に、アニーは(ですよね!)と心の中で全力で同意した。常識的な反応を示してくれるのは、今のところギャリソンだけだ。
■ ミーナ、飛びつく
「セレナぁぁぁ!! 会いたかったぁぁぁぁ!!」
泥だらけのミーナが、飛びつこうと突進していった――が、その瞬間、ギャリソンがひょいっと抱き上げる。
「おっと。お嬢様にそのまま抱きつかせるわけには参りません」
「にゃにゃあ!(流石なのにゃ!)」
猫の声援を背に、ギャリソンは華麗にミーナを小脇に抱えた。セレナは小さく笑みを浮かべる。
「久しぶりね、ミーナ。元気そうで何よりだわ」
「えへへー!」
(……本当にすごい人たちね。お嬢様も執事も、別の意味で常識が通じない気がするわ)
■ 村人総出のお祭り
結局その日、村人たちは巨大カボチャをどうにか転がそうと大騒ぎになった。
「押せー!」
「そっちじゃない! 道にぶつかる!」
「にゃーにゃー!」
猫たちは上で走り回り、ミーナは旗を振って指揮をとる。ルークは「王都で売れば一財産だ!」と目を輝かせ、村の子どもたちは「カボチャおばけだー!」と叫びながら追いかける。
そしてアニーは……広場の端で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(……わたし、常識人のはずよね? でも、この村では“常識人”でいる方が間違ってる気がしてきたわ……)
そんな彼女の隣に、そっとギャリソンが立った。
「お気になさらず。私も最初は同じ気持ちでした」
「……ギャリソンさんも?」
「ええ。しかし、慣れてしまうのです。彼らの騒動は、結局のところ“楽しい”で終わりますから」
そう言って軽く肩をすくめるギャリソン。アニーは思わず笑ってしまった。
(……確かに。混乱してるけど、みんな笑ってる。誰も困ってない。だったら……)
アニーは大きく息を吐き、広場の中心を見やった。
カボチャの上で猫たちが踊り、ミーナが「ばんざーい!」と叫んでいる。
(……やっぱり、この村、普通じゃない。でも――)
胸の奥がほんのり温かくなるのを、彼女は否定できなかった。
■ 終わりに
夕暮れ。村の空は赤く染まり、巨大カボチャの影が広場に長く伸びる。
アニーは思った。
(――多分わたしも、そのうち一緒に騒いでるんだろうな)
口元に浮かんだ笑みを自分でも抑えきれず、彼女は帽子を深くかぶり直した。
――こうして「常識人」アニーの心も、少しずつ村の“お祭り騒ぎ”に染まっていくのであった。