セレナ専用アロエ計画! ~ギャリソンの抱え技と、猫たちの赤い陰謀~
――その日も、ミーナと猫たちはアロエの加工場でドタバタしていた。
「にぃにぃ! この葉っぱ、もうちょっと切っていい?」
「……待て、まだ中のジェルが溢れてない。ほら、こうやって」
「わぁ、ぬるぬるしてるー!」
ミーナが楽しそうにアロエを扱っている横で、猫たちはそれぞれ自由すぎる行動を取っていた。
ジルは作業台の上でひなたぼっこ、モモはアロエの葉をちょいちょい突っつき、しろはなぜかラベル用の紙を丸めてサッカーボールのように蹴って遊んでいる。
「おまえら、遊んでるとまた瓶倒すぞ」
「にゃっ(前回は偶然だ)」
「にゃふ(学習済みだ)」
「にゃにゃ(それは怪しい)」
そんな緩んだ空気の中――。
「――皆様、ご無沙汰しております」
上品な声が、作業場の入口から響いた。
振り向けば、そこには金糸のような髪を美しく結い上げ、優雅な笑みを浮かべたセレナ嬢が立っていた。背後には、きっちりとした執事服に身を包んだギャリソン。背筋をピンと伸ばし、相変わらず威圧感すら漂わせている。
「セレナさーーーんっ!」
ミーナが叫んだ瞬間、彼女は全力で駆け出した。
だが――。
「おっと」
ギャリソンの長い腕が、ひょいっとミーナを抱え上げた。まるで子猫を捕まえるかのように。
「ミーナ様、申し訳ございません。お召し物が汚れております」
「えーっ! せっかく会えたのに!」
「……お仕事中の服で抱きつけば、セレナ様のドレスにジェルが付着いたします」
ギャリソンの声は冷静だったが、その目はしっかりと「これ以上は近づけさせない」という決意を宿していた。
ミーナはぷくっと頬を膨らませる。
「ほらな、だから作業中は……」とルーク。
「うぅー……」
セレナは小さく笑い、ミーナの頭を遠慮がちに撫でる。
「元気そうで何よりですわ、ミーナさん」
「それで――」ルークが腕を組む。「今日は何のご用で?」
セレナはすっと背筋を伸ばし、輝く瞳で告げた。
「わたくし専用のアロエを作っていただきたいのです」
「専用?」
「はい。王都で“猫印アロエ”が大評判だと伺いましたわ。でも、わたくし用は……もっと特別なものが欲しいのです」
ルークは眉を寄せ、心の中で考える。
(専用って……赤くして“三倍の効果”とか言っとけばいいのか?)
「にゃにゃああ(それは案山子でやったのにゃ)」
すかさずしろが、まるで読心術でも使ったかのようにツッコミを入れた。
ルークは思わず「うるさい」と猫を軽くつつく。
「三倍速で肌に浸透とか……いや、やめとこう」
ミーナはすでに目を輝かせていた。
「セレナさん専用ってことは、可愛い瓶とかに入れるんでしょ!? ハート型のラベルとか!」
「……いや、効能が先だ」
するとギャリソンが一歩前に出て、低い声で告げる。
「セレナ様は、お肌が非常に繊細であらせられます。香料も着色も、一切不要。天然のもので、最高の品質を」
ルークは思わず「やっぱりそう来るか」と肩をすくめた。
「でも、それなら――」ミーナがひらめいた顔をする。「猫たちにも手伝ってもらえば!」
「にゃ?」
「にゃふ?」
「にゃにゃ(嫌な予感)」
こうして、セレナ専用アロエ開発計画が始まったのだった――。
―――
ルークは作業台に向かい、ミーナと猫たちもその周りに集合。ミーナは土まみれの手で葉を触り、猫たちは葉にじゃれつく。
「……まずは試作だ」
ルークがアロエを選別し、細かく刻むと、ミーナは嬉しそうにペースト作りに参加する。だが、その手つきはやっぱりおっちょこちょいで、時折容器を倒したり、ペーストが飛び散ったりする。
「わわっ、ミーナ、そこは……!」
「にゃふ(だいじょうぶにゃ)」
猫たちはルークの声を気にも留めず、もみくちゃになりながらもどこか役に立つように見える。実際、倒れそうな桶をジルが尻尾で支えたりして、モモが隣の鉢をうっかり蹴ったところで、ルークが手早く受け止める。
数時間後、試作アロエが完成する。小さな瓶に詰められたその緑色のペーストには、ほんのり猫の毛が混じっている――ミーナがはしゃぎすぎて、ジルたちがひっかかった結果だ。
「……これ、予想外に可愛いいんじゃね」
ルークは呟き、ミーナは満足げに胸を張る。猫たちも「にゃっ(オレたちの功績にゃ)」と誇らしげだ。ギャリソンは、横で静かに冷静な目を光らせながら、セレナ嬢の反応を待つ。
「これは……素晴らしい! これぞ、私専用のアロエですわ!」
セレナ嬢は瓶を手に取り、香りを嗅ぎ、目を輝かせる。ミーナは飛び上がり、猫たちは肩や背中で小さく喜ぶ。ルークは思わず、「あ、あれ、俺の作ったやつ、喜んでもらえるのか……?」と戸惑う。
「……次は、もっとたくさん作らねばな」
ルークの決意を、ミーナは「にぃに、ミーナももっと手伝うのです!」と無邪気に応援する。猫たちはすでに台所周りで暴れ始め、モモが鍋をひっくり返す音が響く。ジルは瓶の上でバランスを取ろうと飛び跳ね、しろはルークの肩で小さく唸る。まさにカオスだが、そこには笑いと楽しさが満ちている。
その日の夕方、アロエ作業が一段落すると、セレナ嬢は満足げに微笑み、ギャリソンと共に静かに去っていった。ミーナは「せれなさーん!」と叫びながらも、泥だらけの小さな体を揺らして手を振る。猫たちはその姿を追い、ルークは土まみれになった手を見つめて、心の中で静かに笑った。
「……やっぱり、俺たちのチームワークは最強だな」
ミーナが小さく頷き、猫たちは「にゃっ(同意にゃ)」と応える。泥も土も飛び散った畑だが、笑い声と可愛さで満ちている。それが何よりの宝物であることを、ルークは改めて感じていた。
そして、夜空の星がちらちらと瞬く頃、アロエ瓶にはミーナのはしゃぎ声と猫たちの小さな足音が、まるで魔法のように混ざり込んでいる――そう、誰もが予想しなかった「新猫印アロエ」の始まりであった。