「猫印アロエ」誕生記
――王都出荷用のアロエ加工品、その瓶詰め作業の真っ最中。
村の広場には、青空の下で並べられた作業台がずらりと並び、その上には陽光を受けてきらきら光るガラス瓶が整然と並んでいた。瓶の中では淡い緑色のアロエジェルがとろりと揺れている。
ミーナは袖をまくり、真剣な表情で一本一本にラベルを貼っていた。
「うん、これでよしっと……。にぃに、に教わった通り、まっすぐ……ああっ! ちょっと曲がった!」
あわてて貼り直そうとするが、横で見ていたジル(白猫)が、なぜかラベルの端を前足で押さえ込んでくる。
「にゃっ(そこはオレに任せろ)」
「ダメなのぉ! 猫の前足で押さえたら毛が――ああっ、ついた!」
案の定、ラベルの端には白くふわふわした毛が一本、誇らしげに鎮座している。
「もうぅ……! せっかくきれいに作ってるのに!」
ミーナはぷくっと頬をふくらませるが、ジルはまったく悪びれず、むしろ得意げに尻尾をふった。
さらにその横では、モモ(茶トラ猫)が別の瓶に飛び乗ろうとしていた。
「わわっ! やめて、落ちる落ちる!」
ひらりと着地したモモの尻尾が瓶の首をなでる。その毛先が、ふんわりとジェルの表面をかすめた。
「にゃふ(仕上げの魔法だ)」
「魔法じゃなくて毛よ毛!」
それでも猫たちは、瓶の上でくるくる回ったり、ラベルをぺちぺち叩いたり、まるで“自分たちも職人”のつもりらしい。
ミーナは何度も「こらっ!」「だめー!」と声を上げたが、そのたびに二匹は涼しい顔で動き続けた。
――そして、最後の瓶を詰め終わったとき。
作業台の上には、ところどころラベルに小さな爪痕がついた瓶や、ジェルの表面に猫毛が浮かんでいる瓶が、予想以上に多くあった。
「これ……どうしよう」
ミーナはルークに報告しようか迷った。だが時間はもう夕方、翌朝には馬車が来て荷を積むことになっている。
「……まぁ、ほんのちょっとだし、……きっと大丈夫なのです!」
結局、猫の毛がほんの数本入ったぐらいなら問題ないだろうと、そのまま木箱に詰め込んだ。
ジルとモモは、箱の上に乗って胸を張っている。
「にゃっ(完璧な仕上がりだ)」
「にゃふ(あとは王都での評価を待つだけ)」
三日後の朝。
王都の商人ラザフォード氏の店先に、グランフィード村からの荷が届いた。
店の奥では、色とりどりの化粧品や香油が整然と並び、香りの良いハーブの匂いが漂っている。
荷を解いた商人は、一本の瓶を手に取ると光にかざした。
「おおっ! これは……!」
ガラス越しに見えるのは、淡い緑のジェルに混じって、ふんわりと輝く銀白色や淡い茶色の毛。光の角度でそれがまるで精霊の羽毛のように見える。
「なんて柔らかな毛だ……しかも微かに香るこの獣の匂い……いや、森の香りか? まるで森の精霊が作ったようだ!」
「え、あの、それ……猫の毛なのです…」
配達に同行していたミーナが、おずおずと口を挟む。
だが商人は感動のあまり聞いちゃいない。
「猫!? それはますます素晴らしい! 奥方たちは動物の加護や幸運を好む。この“猫印アロエ”、間違いなく大ヒット間違いなしだ!」
その予想は、的中した。
王都の貴族街では、「猫印アロエ」という名前で瞬く間に噂が広がった。
『猫の毛が入っているのよ、幸運を呼ぶって!』
『ほら、ラベルにも小さな爪の跡があって……これ、可愛くない!?』
『次の舞踏会で見せびらかそうかしら』
奥方たちや商人の妻たちは競うように買い求め、品切れが続出。通常価格の五倍で取引される瓶まで現れた。
数日後。
グランフィード村に届いた王都からの手紙には、きらびやかな金箔の封が施されていた。
ミーナが胸をときめかせながら開封すると、中にはこう書かれていた。
『次回も、ぜひあの猫の毛入りでお願いします。特に白い毛と茶色い毛の混合は評判が良く、予約も多数入っております』
「ええぇぇぇぇ!?」
ミーナは両手で手紙を持ったまま、声を裏返らせた。
横ではジルとモモが、なぜか得意げに見上げている。
「にゃっ(ほら見ろ、オレたちの功績だ)」
「にゃふ(追加ボーナスは当然だな)」
こうして「猫印アロエ」は正式なブランドとして売り出されることになった――もちろん、ミーナが意図したわけではない。
それでも、猫たちに囲まれて慌てふためくミーナは、やっぱりどうしようもなく可愛かった。