王都からの手紙&追加注文! ミーナのはしゃぎすぎ事件
昼下がりの農園は、夏の陽光に包まれていた。
風が畝の間を抜け、青々とした葉を揺らすたび、どこからか「にゃあ」と猫の声が聞こえる。ルークは作業用の腰掛けに座り、午前中に収穫したアロエの葉をひとつひとつ水で洗っていた。
「……よし、これで今日分は全部だな」
アロエの葉はずっしりと重く、切り口からとろりと透明な液が滴っている。最近は村人たちの間で「やけどに効く」とか「肌がすべすべになる」と評判になり、売れ行きも上々だった。
そんなとき――
「にぃにーーっ!!」
遠くから金色の髪が、太陽の下できらきら光りながら駆けてくる。ミーナだ。スカートの裾を翻し、両手を大きく振りながら走ってくる姿は、まるで風そのもの。
「これこれこれぇぇーーーっ!!」
彼女の手には、封蝋で閉じられた一通の手紙があった。
ルークはタオルで手を拭いながら受け取る。
「……王都の紋章入りじゃないか。誰からだ?」
「開けてみてぇ!」
ミーナは目を輝かせ、猫たちまで足元で「にゃあにゃあ」とせかすように鳴いている。ルークは封を切り、手紙を開いた。
『前回のアロエ製品、王都の市場にて大好評。追加注文を至急お願いしたい――』
「……追加注文だと?」
ルークは思わず声を上げる。
王都の市場といえば、村から何日もかけて物資を運び、競争の激しい場所だ。そこで「大好評」という言葉が出るとは、予想以上の反響だった。
「すごい! すごいよ、にぃにっ!」
「にゃあにゃあ!(お祝いだ!)」
ミーナはくるりとその場で回り、猫たちも一緒にじゃれ合う。
が――次の瞬間、彼女はぴたっと動きを止め、くるりとルークに向き直った。
「ねぇにぃに。追加注文って……どれくらい?」
ルークは手紙をもう一度確認し、ため息をついた。
「……三倍だな」
「さんっ……倍!? やるっ! やりますっ!」
ミーナの瞳がきらきらと輝く。彼女はそのまま畑に向かって駆け出そうとした――が。
「おい待て! ちゃんと計画立てて――」
ルークの声は、ミーナの背中に吸い込まれていった。
それから数時間後。農園はすっかり騒がしくなっていた。
「にゃあにゃ!(葉っぱは根元から切るにゃ!)」
「にゃああっ!(そっちはまだ若い!)」
猫たちが畝の間を走り回り、ミーナは両手いっぱいにアロエを抱えている。しかも採るペースが早すぎて、運ぶより先に葉を積み上げてしまうため、ところどころで山のようなアロエの塊ができていた。
「うおっと……! こっちの桶、もう満杯だぞ!」
ルークは必死に加工用の作業場へ葉を運ぶが、次から次へと新しい葉が運び込まれる。
ミーナは「もっともっと!」と声を上げ、猫たちは遊び半分で葉を引きずってくる。
「……おまえら、遊んでないで仕分け手伝え!」
「にゃあにゃあ!(遊びながらやってるんだもん)」
加工場の中は、すでに甘い青臭い香りで満ちていた。
アロエの葉を切り開き、中の透明なゲルをスプーンで掬い取ると、桶にどんどん溜まっていく。猫たちは興味津々でその透明なゼリー状のものを見つめ、時折ぺしっと触ってぷるぷる揺らす。
「にぃに、これってお菓子にならないの?」
「……甘くないぞ。しかも苦い」
そう言った直後――ミーナはスプーンでちょこんと味見した。
「……んんーーっ! にがーーーい!!」
猫たちも「にゃあーっ!」と驚いたように飛び退く。
だがその一方で、彼女の顔はなぜか楽しそうだった。
作業は夜まで続いた。
外は星が瞬き、涼しい風が農園を撫でる。
ようやくすべてのアロエを加工し終え、木箱に詰め終わったとき――ミーナは力尽きてその場にぺたんと座り込んだ。
「……終わったぁ……」
「おつかれさん。おまえがあんなに頑張るとは思わなかった」
ルークは笑いながら水差しを差し出した。ミーナはぐびぐび飲み、にっこり笑う。
が、その直後――
「にゃあああっ!!」
猫の叫び声とともに、保管してあった加工済みアロエ入りの桶がひっくり返った。透明なゲルが床……いや、地面いっぱいに広がり、星明かりを反射してきらきら輝く。
「ちょ……っ!? おいおいおい!!」
「わぁぁぁっ! ぬるぬるしてるよぉ!!」
ミーナは足を滑らせ、そのまま猫と一緒にずるずると地面をすべり――
最終的にはアロエまみれで満面の笑みを浮かべていた。
「……王都に送る分、減ったな」
「だ、大丈夫だよ! にぃに! これ、ぜったい笑い話になるって!」
ルークは頭を抱えながらも、彼女の笑顔に少しだけ救われた。