「とまとの誘惑、貴族の秘密」
昼下がり。村の広場に、またしても長い行列ができていた。
「はーい、とまとアイス! にゃふぇ印だよーっ!」
「ミーナちゃん、いつものちょうだい!」
「にゃふぇ(前払い制にゃ)」
そんな中、行列の最後尾で、日傘を差した妙に品のある女の子がこっそり順番を待っていた。
日焼け一つない白い肌。すらりとした背筋。リボンのついた麦わら帽子――
だが、顔を深く隠すその少女は、周囲の誰にも気づかれていないようだった。
「……まさか、ここまで香るとは……」
手元のハンカチでそっと口元を隠しながら、彼女は微かに息を吐いた。
「とまとの香り……こんなにも豊かで、甘い……!」
ミーナ「はーい次のお客様ー!」
少女「……はい、こちら……ひとつ」
ミーナ「お姉さん、村の人じゃないよね? お客さん?」
少女「えっ……あ、その……旅の、途中で……ええ、ちょっとだけ」
にゃふぇ「にゃふっ(お貴族様の香りにゃ)」
少女が手にしたとまとアイスは、つやつやと輝き、風にほんのりと甘い香りを乗せていた。
一口──。
「…………っ!?」
少女の目が驚きに見開かれる。
「な、なんという……これは、果実の……いいえ、陽の味……!」
にゃふぇ「にゃふっ(言い方が詩的にゃ)」
その日の夜、ミーナはルークに言った。
「なんかね、今日ね、すっごいお上品なお姉さんが来たんだよ」
「へえ? 旅人?」
「うーん……にゃふぇが『ちょっと貴族くさい』って言ってた」
「……いやそれ、言い方……」
「でもすっごくおいしいって、涙目になって食べてたの!」
そして翌朝、村の外れに停められた白い馬車に、そっと戻る一人の少女の姿があった。
「……あれが、“にゃふぇ印”か。父上には……まだ黙っておこうかしら」
少しだけ口元をほころばせ、少女は扉を閉じた。
名前は、セレナ・フォン・レーヴェンクロイツ。
この地を治める領主の、一人娘である。