夜の畑で猫たちが見回りをするお話
【1.畑に夜の帳が降りる】
夕焼けに染まった空は、やがてゆっくりと紺色へと移り変わる。
その間に、風は少し冷たくなり、草や葉の匂いは夜露に濡れてひんやりとした香りを放った。
ミーナの畑では、昼間の賑やかさはすっかり消え、野菜たちが静かに夜の休息に入っている。
だが、猫たちはまだ動き盛り。
黒猫シルルは、じっと畑の隅を見つめながら、しっぽをぴんと立てている。
白猫モフは地面に鼻を近づけ、かすかな匂いを嗅ぎ分けている。
三毛猫ミケは、背筋を伸ばして耳を前に傾け、周囲の音に神経を研ぎ澄ましている。
彼らは、昼間とは別の“夜の守り手”としての役目を自覚しているかのようだった。
【2.ミーナのお願いと、猫たちの決意】
「にゃにゃぁ(ミーナ様、もうそろそろ眠る時間ですにゃ)」
三匹の中で一番落ち着いているモフが、小さな声でそう伝えた。
「でも、にぃにの畑は、夜も守らなきゃだめなのです!」
ミーナは真剣な顔で、寝巻きに着替えたあとも畑の前でじっと立っていた。
「にぃにの野菜たちは、大事な仲間だから、わたしたちが守るのですっ!」
猫たちは顔を見合わせて、小さくうなずく。
「にゃあにゃあ(そうだにゃ!)」
「にゃん!(守るにゃ!)」
「にゃー!(見回りにゃ!)」
こうして、ミーナと猫たちの夜の畑見回り大作戦が、静かに始まったのだった。
【3.夜の畑を歩く】
月明かりが畑に柔らかく降り注ぎ、野菜たちの葉が銀色に輝く。
ミーナは手に小さなランタンを持ち、猫たちはそれぞれのペースで周囲をパトロールする。
「まずはトマトの列をチェックなのです」
ミーナが声をひそめて言う。トマトはまだ小さな実をつけているが、夜露で葉はしっとりと濡れている。
シルルはトマトの葉をくんくんと嗅いだあと、ふっと猫らしい鋭い目で辺りを見回す。
「にゃあにゃ(異変なしだにゃ)」
モフはニンジンの畝に潜り込み、土の湿り気と虫の動きを調べる。
「にゃー(虫は少ないけど、油断はできにゃい)」
ミケは高い位置から全体を見渡しながら、木陰に隠れた何かの気配を察知した。
「にゃーん!(気をつけるにゃ!)」
【4.闖入者の気配】
「にゃっ!」
シルルの声が静寂を破る。
草むらがざわつき、何かが動いた気配だ。
ミーナはランタンを掲げて、その方向を照らした。
そこに映ったのは――ひょろりとした小さな影、ひげの長いネズミだった。
「にぃにの野菜を食べちゃダメなのです!」
ミーナは慌てて走り寄るが、ネズミは素早く茂みに逃げ込む。
猫たちも一斉に動き出す。
シルルは走って追いかけ、モフは穴を見つけて鼻を近づける。
ミケは高い場所から狙いを定めている。
だが、ミーナは焦らず、優しい声で言った。
「怖がらなくていいのです。敵じゃないのですから」
それに、猫たちも同調するかのように動きを止め、ネズミに威嚇はしなかった。
【5.猫たちの奇妙な作戦会議】
ネズミが安全を確かめると、猫たちは戻ってきた。
シルルは尾を高く上げて、ちょっと得意そうだ。
モフは首をかしげ、ミケは満足そうに目を細める。
「にゃあにゃあ(危険は去ったけど、見回りは続けるにゃ)」
「にゃーん!(もう誰も畑を荒らせにゃい)」
ミーナは猫たちの輪の中に入り、真剣な顔でこう言った。
「みんなで協力すれば、畑は絶対に守れるのです!にぃにの大切な場所なのです!」
猫たちはお互いの目を見て、小さな鳴き声で応えた。
【6.猫たちの大失敗】
ところが――。
見回りを続けるうち、ミケが畑の隅のトマトの苗を見て、思わずジャンプした。
その拍子に苗はゆらゆら揺れ、葉っぱが何枚か落ちてしまう。
「にゃあっ!」
ミーナが慌てて駆け寄る。
「大丈夫、大丈夫!」とミケが言い訳するように手を上げるが、顔は少し赤い。
「にゃん……(すみませんにゃ)」
シルルは呆れた顔で舌を出し、モフは苗の周りをぐるぐる回って念入りに観察。
「にゃあにゃあ(大事な苗だから、もっと優しく扱うにゃ)」
「にゃー!(ちゃんと守るにゃ)」
ミーナはニコニコ笑って、倒れた葉っぱをそっと拾い上げて土に戻した。
「みんな、ありがとうなのです。これも経験なのです!」
【7.夜の小さなご褒美】
見回りを終えて畑の端に戻ったとき、ミーナはふと立ち止まった。
月の光がキラキラと地面に反射して、まるで星が畑に降り注いでいるかのようだ。
「にぃにの畑は、夜もこんなにきれいなのです」
猫たちも静かにその光景を見つめる。
「にゃあ(すごいにゃ……)」
「にゃーん(宝石みたいに輝いてるにゃ)」
「にゃん!」
ミーナは、猫たちの頭をやさしく撫でてから言った。
「明日もがんばるのです! だって、にぃにのための畑なのですから!」
【8.朝日を待つ】
猫たちとミーナはそのまま畑の端で夜空を見上げていた。
やがて東の空が少しずつ明るくなり始める。
小鳥のさえずりが遠くから届き、風はもうひんやりしていない。
「おやすみ、みんな」
ミーナは小さくつぶやくと、猫たちとともに村へ帰っていった。
畑はまた、日中の新しい一日を迎える準備を静かに始めていた。
【あとがき】
こうしてミーナと猫たちの夜の見回りは、いつしか村の中で語り草となった。
「猫たちが夜の畑を守っているらしい」――そんな話を聞くと、村の人たちは自然と微笑みを浮かべるのだった。